【向風見也コラム】 スローダウンの知性
オーストラリア代表として110ものテストマッチ(国同士の真剣勝負)に出たジョージ・スミスは、2011年度から日本のサントリーサンゴリアスでその才を発揮。「私もサントリーのファミリーだと思っている」といった優等生的発言の際と同じ淡々とした口調で、「自分の選手としての能力は信じている」。きっと、「紳士」であろうとするよりジョージ・スミスであろうとする結果、周りから紳士と謳われてきた人だ。
2013年1月27日、東京は秩父宮ラグビー場。トップリーグ2連覇を果たし、表彰式後の取材エリアを通る。周りに通訳がいなかったため、追いすがる記者団に「ニホンゴ、ゴメンナサイ」。とはいえ、名門出のジャーナリストは語学力も担保されている。英語での即席インタビューが始まる。
ここで困るのは、本稿筆者の男である。スミスの話す単語こそ聞き取れるが、文章として理解できているかは怪しかった。果たして、こちらが欲する内容の話をしてくれているのか。そう自問するとさらに首を傾げてしまう。かといってその場を立ち去るのは、読者への裏切りだ。
もう、わかる単語を組み合わせて質問を作るしかあるまい。自分でも下手とわかる発音で男は問いかける。すると「ルッキングフォワード、チャンス……」とスミス。大雑把に意訳すれば、「チャンスのある場所を見つけて、走った」といったところか。敵陣ゴール前のわずかなスペースに駆け込み演出した、前半8分の先制トライについての端的な述懐だった。何よりもの着目点は、語学力のスリムな相手の質問にのみ、それまでの早口を極端にスローダウンさせた点か。
「頭がいい、ですね」。グラウンド上で対戦したスミスをこう思い出すのは、NTTコミュニケーションズのFL小林訓也だ。
「相手のジャージィをぐっと引っ張ってブレイクダウン(ボール争奪局面)に引きずり込むんですけど、ジョージ・スミスはそれをばっと払って、次のフェーズに走ってた」
視野の狭くなりがちな肉弾戦にあって、自分の身動きを取りづらくさせるライバルの意図を察する。逆に、向こう側にとって嫌な動きをする。南半球きっての名狙撃手は、そんな知性的行動で実績を築き上げたのだ。東洋人の英語力を聴き比べることなど、まぁ、朝飯前なのだ。
日本代表ヘッドコーチ(HC)に就任する前のエディー・ジョーンズ氏も「ジャパンには頭のいい選手が必要です」と話していたし、そのジョーンズHCのもと国内史上最年少でのキャップ取得(テストマッチ出場)を達成した藤田慶和も、前年度まで所属して全国高校大会3連覇を達成した東福岡高について、こう断じていたものだ。
「ヒガシの選手って、ラグビーの頭はいいですよ」
そう。ラグビー、否、スポーツは、グラウンドレベルでの知性的な働きに支えられている。タイムリーかつ乱暴な記述でいうところの、「キャプテン1人をしばいて勝てるほど簡単な営みではない」。
(文・向 風見也)
【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
ラグビーライター。1982年、富山県生まれ。楕円球と出会ったのは11歳の頃。都立狛江高校ラグビー部では主将を務めた。成城大学卒。編集プロダクション勤務を経て、2006年より独立。専門はラグビー・スポーツ・人間・平和。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)がある。技術指南書やスポーツゲーム攻略本の構成も手掛け、『ぐんぐんうまくなる! 7人制ラグビー』(岩渕健輔著、ベースボール・マガジン社)、『DVDでよくわかる ラグビー上達テクニック』(林雅人監修、実業之日本社)の構成も担当。『ラグビーマガジン』『Sportiva』などにも寄稿している。
(写真:サントリーFLジョージ・スミス(中央)/撮影:BBM)