【直江光信コラム】 花園に燃える
試合前のロッカールームで決意の涙をあふれさせ、戦いが終われば勝っても負けてもまた泣く。選手、監督はもちろん、スタンドで見守る関係者や保護者、応援の同級生、もしかしたらたまたまその場に居合わせた観戦者でさえ、気がつけば目を赤くしている。
年末から年始にかけての、大阪・近鉄花園ラグビー場の光景である。
以前、東花園駅からラグビー場へ向かう道すがら、ベテランの観戦者だろうか、壮年男性のつぶやきを耳にした。
「なんか花園の周りだけ湿度高いような気ぃするわ。曇ってくると涙が蒸発してできたんやないかと思うときあるもん」
そんな大会が、いよいよ始まる。
花園での全国高校選手権大会は全都道府県の代表51校が、ほぼ1日おきに30分ハーフのゲームを戦う。決勝まで進めばノーシードなら6試合、シード校でも5試合をプレーする計算だ。ファイナルに進む頃には体はボロボロになっている。将来ある若者をそこまで酷使するのはどうか、という議論は古くからなされてきた。原則1地区1代表なので、全国大会では大敗するような県にも出場枠が用意されている反面、力のある学校が地区予選で敗退するというケースもある。強化の観点から見れば、矛盾をはらむ部分があるのは確かだ。
しかし「高校生」という限られた期間、その世界の中で魂を燃やし、焦がすことも決して間違いではないと思う。「負けたら終わり」という切実な状況が限界を押し上げ、極限状態での体験が人間の内面の力を育む。そうして得た財産は、ラグビーから離れた後にもきっと役に立つ。
花園に限らず、学生スポーツの魅力は、この切迫感だと個人的に思う。「いましかない」と「いまだからできる」の両方な感情が複雑に交錯し、とてつもない熱を発生させる。その高ぶりが、観るものの心を強く揺さぶる。
昨年の12月30日の第3グラウンドでの2回戦。鹿児島工業は王者東福岡の厳粛なる攻守に7−83と圧倒された。でもただ攻められっぱなしだった前半から後半は一転、気迫あるプレーで0−19と対抗できた。
試合後、夕陽を浴びる円陣の中で、上薗幸洋監督は万感の表情で語りかけた。
「最強のチームじゃなかったかもしれんけど、お前たちは最高のチームだったと思うよ」
監督も、スタッフも、選手たちも、みんな泣いていた。
九州の新聞社に勤める旧知の記者が、そっと教えてくれた。
「鹿児島工業のラグビー部の生徒、しっかりしてるって地元企業の採用担当者から評判らしいです。きっと先生が素晴らしいんですね」
今年もそんなドラマが試合の数だけ繰り広げられるのだろう。そして、こうした日本ラグビーの大切な大切な財産を、できるだけ漏らさず、広くまでお伝えできるよう、心して取材しなければと思う。
全国高校大会期間中の花園ラグビー場の入場料は一般が1000円、高校生は300円で、中学生以下は無料だ。それだけで一日中、観たいゲームを観たいだけ観戦することができる。足を運べる方はぜひ現地で、あの空気と選手たちの鼓動や息づかいを感じていただきたい。花園へ行けなくても、現在は全試合をライブ中継してくれる放送局がある。画面を通じてあの決意に満ちた表情を見るだけでも、感じるものはあるはずだ。
(文・直江光信)
【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。
(写真:昨年度全国高校大会での東福岡×鹿児島工戦/撮影:BBM)