震災、トンガ移住、コロナに噴火… 多くを乗り越えた母が いま感じる「ラグビーの光」
「皆さんは、どうして子どもにラグビーをさせているのでしょうね」
2015年にトンガに移住、ホエールダイビングなどが楽しめる「Cocokara-Beach」を営む敬子(たかこ)ルイさんが問いかける。
生まれも育ちも東京・渋谷の敬子さん。2011年にはラグビー選手の夫(当時)とともに暮らしていた釜石で震災を体験、のちトンガに移住し、ジャングルを切り拓いてマイホームを作った。シングルマザーとなって 子ふたりと暮らす日々はコロナで一変する。追い打ちをかけるように、2022年には噴火が起きた。苦難に見舞われた美しい国で、これまで見えなかったものを見た。2022年にはタラノア「TALANOA Community Trust」(https://www.talanoatrust.com)というNGO(国際的課題を解決する非政府組織)を立ち上げた。ママとして女性として、ローカルにグローバルに行動する。
移住から7年、3年半ぶりに帰国(来日?)した敬子さんの思い(取材は4月初旬)。
――ラグビーマガジン編集部では、4月号(2月発売)でティシレリ・ロケティ(現・流経大2年)の取材をさせてもらいました。NZ(ニュージーランド)の奨学金の話も決まっていた逸材のティシ。敬子さんのアテンドで日本に来ることになったのですね。
ティシは中学生年代からキャプテンを務めていて、気持ちの面でもプレーでもラグビーでは中心人物。NZの話は、私たち島の人間からすれば理不尽な理由で破談になりました。田舎ですから人脈も太くはない。事情も十分に知らされないまま、諦めるしかなかった。その後 彼は、親戚の農園を手伝って、学校に通いながら、早朝に一人でビーチを走ってトレーニングを積んでいました。トレーニング、学校、農園…の生活。
――周りの同年代からは、もうコロナもあるし無理だ、諦めろ、元の生活に戻れと言われていた。コロナ規制が厳しい時期には目標を見失うこともあった。
国自体がロックダウンしてしまった。島に日常の物資が届かない。銀行が機能しなくなるなど、混沌としていました。現金を持っているお金持ちが不安からモノを買い占めて、持っていない人は何一つ手に入らない。私は子どもたち(美麗さん、龍くん)と3人で話して、彼の動画を発信する活動を始めました。
――彼に頼まれたのですか?
いえいえ、私から。ヴァヴァウの村対抗の試合で見かけたのですが、話しているうち、「ラグビーをさせてあげたいな、この子には今、ラグビーしかないんだ」って思ってしまったんです。トンガの人たちって、ふだんは怒りとか悲しみを表には出さないんですよ。でもあの子は、ラグビーの話をする時だけは、生の言葉や表情を見せるんです。「絶対に負けたくない」。「悔しい」。それは一度留学がふいになった経験も重なって、自分の環境に対して秘めた思いだったかもしれない。「本当はそんなことを感じていたんだ」と思った。この人には今、ラグビーしかない。ラグビーを、思い切りさせてあげたいって思いました。
――敬子さんたち3人が作った動画で、世界6か国からオファーが来た。本人が日本を選んだ。トンガタプ(トンガの本島)を経由しないで直接 海外へ出た選手は自分が初めてだとか。
ところがその後もすんなりは行かなくて。日本留学のための最終面接がリモートで予定されていたのが2022年の1月18日。噴火が起きたのはその3日前でした(フンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ火山の大規模噴火)。島のネット回線がうまく繋がらなくて、面接が何度も延期になりました。最後は、村に働きかけをして、他の回線を制限して彼の面接のために通信を集中させてもらいました。合格が決まった瞬間、彼自身は淡々としていた。
――もう期待しないようにと、ずっと自分に言い聞かせていたそうです。
横にいたお母さんが、本当にほっとした顔をされてた。大学の方から「息子さんを大事にする。家族のように過ごすつもりだから、安心してほしい」と言われて。彼女は、子どもの学校やラグビーのためにずっと黙って努力されていたから。ただでさえ物も仕事も限られている中、学校で履くスリッパやシャツの心配をしていました。留学はラグビーでできても、学校を卒業しなければその資格がなくなってしまう。また、留学の話がどうなるかも分からない中で、子どもたちの将来のために、本当によく踏ん張られていた。
ティシの合格のニュースは、島のラジオで流されました。みんな喜んだし、勇気づけられる思いでした。本当に、スポーツって、本人にとっても周りの人にとってもすごいパワーになる。特にあの島で、ラグビーはみんなの光になる存在。でもね、だから親が「やったほうがいい」って押し付けても、力が伸びるとは限らない。やっぱり、自分自身が心から望まないと。
「どうしてラグビーを?」と問う敬子さんの気持ちは、日本で起きている子への虐待などの問題とつながっている。シンプルなたのしみ、得られる体力、友情、精神的な資質、得難い経験、進路などの副産物、いろいろな要素がある。どれを大切にするのか、子どもたち本人とその優先順位には違いがあるだろう。いろんな人がいて、さまざまな違いを受け入れて社会は成り立っている。「わが家」の子もまた、近い将来にその一員になる。
INFORMATION
◉敬子さんのイベント①
SRU セミナー第2回
「トンガ移住ママ、たかこさんと考える子育てと、スポーツ」
日時▼4/30(日)17時~18時30分
場所▼小山台会館205(武蔵小山駅から徒歩3分)
◉参加申し込み(Googleフォームへ)
https://sru.or.jp/eventinfo/20230430/
*専用キッズルームあり(保育士さんが待っています)
*品川区後援イベント * 主催:(一社)SRU
◉敬子さんのイベント②
AMF TOKYO PIT STOP #06
日時▼5/12(金)18時〜21時
場所▼Wonder Yoyogi Park
(「代々木公園駅」2番出口)
◉申込:ウェブチケット 「ツクツク」
https://ticket.tsuku2.jp/events-detail/24243520230040
PROFILE
たかこ・るい
NGO「TALANOA Community Trust」理事/「Cocokara beach」代表。
二児の母。東京生まれ東京育ちで20代にはパリ留学も経験、ビジネスマネジメントを長く生業としてきた。結婚後、夫(当時)がラグビー選手だったことから移籍で岩手県釜石市へ。5年間を過ごす中で2011年東日本大震災を経験した。
2015年に夫の実家であるトンガ・ヴァヴァウ島へ移住。2017年にはNPO法人「VFCP」(ババウ島未来を作ろうプロジェクト)を共同で設立、2022年1月に「フンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ火山の大規模噴火」。
同10月、NGO「TALANOA Community Trust」(https://www.talanoatrust.com/)を設立。家族は娘・美麗さん、息子・龍さん。
◉4/30イベント詳細はこちら(Googleフォームへ)
https://sru.or.jp/eventinfo/20230430/
2022年の噴火後は、各集落の支援に回った/ヴァヴァウの島々。トンガ本島からフェリーで丸1日かかる楽園/ヴァヴァウの小学生たち