【香港セブンズ現地リポ】 ビッグスマイル、日本! すべての力でコア昇格!
(撮影:松本かおり)
橋野皓介がインゴールにダイブした。待ちに待った瞬間を、より華やかなものにしようと思ったトライのパフォーマンスは、ボールが手から転がり落ちて、スタンド中の大爆笑を誘った。
「あんなことやっても、笑って終われる展開で本当に良かった(笑)」
場内を一周し、ファンに祝福された背番号10は笑いが止まらなかった。
コアチーム昇格を懸けて香港セブンズを戦っていたジャパンが、ほしかったものをついに手にした。昇格決定大会ファイナルの相手はイタリア。26-5の完勝は、立ち上がりの集中力がすべてだった。
開始直後に先制点を挙げた。桑水流裕策が相手と競り、クリーンキャッチを許さない。そこにロテ・トゥキリがタックルし、ロトアヘア ポヒヴァ 大和が押し込みターンオーバー。敵陣に攻め込むと、坂井克行、ロマノ・レメキ、桑水流とつないで右中間に先制トライを奪った。1分47分には相手のノックオンから攻撃に転じた。坂井主将が仕掛け、またもトライを決めたのは桑水流。コアチーム昇格に何度も挑戦してきたベテランたちがチームをぐいぐい牽引した(ゴールも決まり12-0)。
「ここにいないメンバーたちがいて、ここに立てている。アジアシリーズや、いろんな大会、合宿でともに過ごしてきたメンバーたち、すべての力のお陰」
瀬川智広ヘッドコーチが語る言葉に重みがあった。
苦戦した準決勝のロシア戦を振り返り、いらぬ失点からリズムを崩すことを避けたかった。瀬川ヘッドコーチは、「セットプレーの安定も含め、かたいゲーム運びができるメンバーを選んだ」と語った。立ち上がりのキックオフからの攻めといい、狙いが的中するシーンが多かったファイナル。前半終了間際のトライでは藤田慶和が外に引っ張ったところに坂井がタテ。思いきったプレーで19-0とした(ゴールも成功)。後半の立ち上がり、交代出場したばかりの福岡堅樹がハーフウェイライン付近から急加速と滑らかなステップで走り切ったのも、采配が的中したものだ(ゴールも決まり26-0)。
「(みんなが)個々人の最大の強味を最大に出し切ってくれた」
そう言ったのは坂井主将だ。積極的に自ら仕掛けたことについては、こう話した。
「ビッグゲームでは小さくプレーしてもうまくいかないもの。大胆にやった方がいいと、経験から感じていたので」
いろんなものを積み上げたから思いが届いた。
何度も何度も辛い思いをくり返して足を踏み入れた。コアチームに入ると、セブンズ・ワールドシリーズへ常に参加できる。これまでだって世界の強豪と戦う機会、大会はあったが、本当の意味で世界の仲間入りを果たしたことになる。
世界を見渡しても、このシリーズに参加して加速的に進化のスピードを高めている国は少なくない。ジャパンも2014-2015シリーズ(2014年10月の豪州大会を皮切りに9ラウンド)から参戦することによって、得るものはこれまでと比にならないぐらい大きいだろう。シリーズに臨む環境整備(メンバー招集等)が進めば、五輪でのメダル獲得に向けての強化においてこれ以上のものはない。
今回コアチーム入りを成したジャパンは、今季シリーズの最後の2大会(スコットランド、イングランド)に招待されることが決まった。与えられた機会を最大限活かしてジャンピングボードにしたい。
来季のシリーズはリオ五輪の予選を兼ねるため(総合上位4チームは五輪出場権獲得)、五輪同様、参加資格はその国のパスポート取得者となる(予選でない年のシリーズは通常通り)。各国ともその対応に迫られ、日本への影響も少なくない。日本人の奥さんと結婚したレメキのように、帰化を望み、準備を進めている者もいる。このシリーズ、昨年のアジアシリーズなど、多くの大会を戦ってきたコアメンバーを中心にし強化していくことに変わりはないものの、五輪資格と照らし合わせたチーム編成、メンバー選びの設計図が求められる。
目標を達成して、また新たな道が始まる。
ここまでの過程で得た財産は、この先歩いていく世界でそれぞれを支えるだろう。
坂井主将は、今シリーズのスコットランド、イングランド大会から参加できると聞いて「楽しみ。はやく戦いたい」と笑った。何度も何度もチャレンジしてやっと大舞台への参加資格を手にした桑水流も「(試合前、ピッチに入る)トンネルの中でいろんなことを思い出した。(勝って)ホッとしました。そして、これからまた戦える」と胸中を吐露した。
藤田慶和は、「いつも世界一になりたいと思ってきて、今回、このカテゴリーに限られるけどそこで世界一になって、ひとつのやりきった感はあります。これからもっと強くなっていけるし、そこで力になれるならなりたい」と語った。
限られた起用法の中でプレーした福岡堅樹も言った。
「何度もトップで走ることなど個人的に高められたのもそうだけど、勝つ文化を肌で感じられたのがすごく大きい」
2014年3月30日。日本ラグビーの歴史は、この日を境にきっと変わる。
ただ、まだ強くなれるチャンスを手にしただけだ。歴史を変えていけるだけの環境整備をはやく。