コラム 2013.10.03

足も出すけど、手も出ます。  小林深緑郎(ラグビージャーナリスト)

足も出すけど、手も出ます。
 小林深緑郎(ラグビージャーナリスト)

 8月の新シーズン(2013-2014年)から、スクラムの組み方が、それまでの「クラウチ・タッチ・セット」から「クラウチ・バインド・セット」の合図に変更されたのはご存知のとおり。両チームのPRが至近距離で互いに相手のジャージーをバインドし合った状態から、IRBが言うところの、衝撃が25パーセント軽減されたヒットで組み合い、押し合いが開始される。同時に、SHには競技規則に則って真っ直ぐにボールを投入することが厳格に求められることとなった。



 これまでのところ、大きな混乱はなく、新スクラム規則は想像したよりも無難に対応されているように思える。ただ、両チームのFWに力量差のある対戦では、弱小チームの対処が難しくなったようだ。それは『アゲンストヘッド(=スクラムの相手ボールを奪うプレー)』の頻度が増えていることにあらわれている。これまでなら、力量の劣る側は、あらかじめスクラムが押されることを想定して、SHのボール投入にHOが足を合わせ、ダイレクトチャンネルを使ってNO8の足もとにボールを運び、押されながらボールを出すという手で対抗できたけれど、その技術のハードルが高くなったようである。



 一方、力の接近した2チームの間のスクラムでは、1試合に1回程度、互いに『アゲンストヘッド』の応酬が見られるようになった。それを見るにつけ、「コンテストしているな」と、新鮮さを感じている。



 世界レベルでの反応はというと、新しい組み方に一番失望感が強かったのがニュージーランドのオールブラックスだった。
 といっても、彼らが不利になったとか、スクラムが弱くなったという意味では決してない。つまり、これまで磨いてきた、いかにヒットの速度を早め、8人の力を同期させるかという技術が無に帰すことが口惜しいのである。とはいえ、彼らがもともと持っていたポテンシャルの高さは、新しい組み方でも生かせるわけで、不安はない。



 今後、11月の南北半球が対戦するテストマッチの場が、新規則の次なる評価の舞台となるだろう。特に、フランスなど、ヒットスピードに乗った押しだけに重きを置いてこずに、フロントローがテクニックを駆使し、スクラムをFW自身で押し続ける伝統を保ってきたチームが、新規則の下、オールブラックスと戦ってどうなるのかは興味深いところである。



 話の舞台を日本に戻そう。
 新規則のスクラムでは、ボールが投入されたときに、HOが相手のプレッシャーを受けてフッキングができないケースが間々(まま)起こる。そんな時にスクラムサイドにいるFLがこっそり手を使って、スクラムのなかで停滞したボールを後ろに転がすというシーンがたまにある。



 スクラムのポイントがタッチラインに近ければアシスタントレフェリーが目視できるが、フィールドの中央では、レフェリーの目だけが頼り。またまたマッチオフィシャルにとっては仕事が増えてお気の毒というほかない。



 それで、思い出したのが、スクラムでFLが手を使ったケースとして悪名高い、『バックの手 (Hand of Back)』のことである。「You Tube」であらためて2002年のハイネケンカップ決勝のその場面を確認してみた。



 場面はフルタイム直前、6点リードのレスタータイガースが自陣ゴール前に釘付け。マンスターが逆転のワンチャンスに賭ける5メートルスクラムである。マンスターのSHピーター・ストリンガーがボールを両手に持ち、まさにスクラムへ投入しようとした瞬間、彼の間近でスクラムサイドに張り付いていたレスターのFLニール・バックの右手がボールをかすめ取るようにはたいた。すると、ボールはレスター側のスクラムのチャンネルへと吸い込まれていき、そしてタッチへと蹴りだされ、ノーサイドとなってしまう。



 ストリンガーの抗議を受けてジョエル・ジュッジュ・レフェリー(フランス)がタッチジャッジに確認するが、事件現場は彼から見てスクラムの逆側の死角だったから、反則は認められず、そのまま試合終了となってしまった。『バックの手 』はラグビー精神に反する行為であっただけに、当時、大きな議論を呼んだものである。ニール・バックの手に比べれば、スクラム内のボールに手を出したFLの反則など、可愛いもの、に感じてしまう。
 いえいえ、皆さん、反則はいけませんよ。


 



 


【筆者プロフィール】
小林深緑郎(こばやし・しんろくろう)
ラグビージャーナリスト。1949(昭和24)年、東京生まれ。立教大卒。貿易商社勤務を経て画家に。現在、Jスポーツのラグビー放送コメンテーターも務める。幼少時より様々なスポーツの観戦に親しむ。自らは陸上競技に励む一方で、昭和20年代からラグビー観戦に情熱を注ぐ。国際ラグビーに対する並々ならぬ探究心で、造詣と愛情深いコラムを執筆。スティーブ小林の名で、世界に広く知られている。ラグビーマガジン誌では『トライライン』を連載中。著書に『世界ラグビー基礎知識』(ベースボール・マガジン社)がある。


 


 


(写真撮影:松本かおり)

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