国内 2026.08.23

いずれは9&10兼任? 桐蔭学園高で全国3連覇の竹山史人、進学した早大でも躍動。

[ 向 風見也 ]
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いずれは9&10兼任? 桐蔭学園高で全国3連覇の竹山史人、進学した早大でも躍動。
竹山史人[早大/SH・SO](筆者撮影)

 期待の星が躍動した。

 竹山史人。早大ラグビー部のルーキーである。

 史上最多16度の全国優勝を誇るこのクラブへ、全国高校大会3連覇の経歴を引っ提げて加わった。身長172センチ、体重74キロと小柄も、神奈川の名門である桐蔭学園高を司令塔として束ねてきた。

 現役時代にこのポジションで渋く光ってきた大田尾竜彦は、日々進歩するルーキーの様子をこう見ていた。

「いろんなことが改善できています。キックの使い方、ボールの動かし方といったところです。(最初は)自分の感覚だけでやっていたのですが、状況判断などについて改善を促しました」

 本人がチャンスを活かしたのは8月23日。菅平高原での夏合宿中、天理大に挑んだ。1年目からのレギュラーでこの日もスターターだったSOの服部亮太と、ハーフタイムで交代。その位置を埋めた。

 大田尾曰く「竹山がAチーム(主力組)でどれだけゲームが作れるかを見たかった」という期待のもとピッチに立つと、7分、敵陣ゴール前右で防御を引き寄せながら深い角度のパスを放つ。

 同級生でFBに入った吉廻温真にこの日2トライ目をプレゼントし、43-12とした。

 19点目を奪われて迎えた16分頃には、自らラインブレイク。敵陣10メートル線付近から約30メートル、侵入する。

 まもなく穴場にキックを転がし、その1分後には敵陣中盤右からカウンターを仕掛ける。迫るタックラーを右へのステップでかわし、追っ手は右、左と足を刻んでいなす。

 最後は勢いに乗り、待ち構える防御役を置き去りにするようにしてトライゾーンへなだれ込んだ。48-19。

 最後は55-24でノーサイド。指揮官が「早大のラグビーが徐々にできるようになった」と頷く傍ら、本人はこう述べる。

「仕掛ける強みを出しながら、チームにアジャストすることを意識しました。大田尾さん、亮太さんからいろんなアドバイスをもらえるので、それを色々と試し、自分のものにしようと思っています」

 父で関東学大OBの竹山将史さんが所属する神奈川タマリバクラブには、多くの早大OBが集う。そのひとりである福田恒輝さんが福島県に移住し、グラウンドを作ると、当時小学3、4年だった竹山は、冬になればそちらへ通った。福田さんの次男で現帝京大の恒秀道らとタグラグビーのチームを作り、2月にある大会へ出るべく練習していたのだ。

 普段は小学1年から入った世田谷ラグビースクールで活動。中学からは恒秀道らとワセダクラブで汗を流した。今度は向こうが新幹線で上京した。

 高校ではそれぞれの道にわかれたなか、竹山は「いろいろと教えてもらった(タマリバの)人たちみたいに赤黒(のジャージー)を着て活躍したいと思いました」。桐蔭学園高に進学後、進路希望を聞かれれば第一志望は早大だと明言した。いまは、行きたかったチームでプレーしている。

「高校と大学で全然、違うフィジカル(を強化)。また早大は速い展開のラグビーをするので自分の判断、パスの速さもトレーニングしています」

 将来の目標を聞かれれば、「SHで日本代表」。チーム事情や自身の適性から高校、大学ではSOを任されたが、将来的には攻めの起点のSHとしてプレーしたい。大田尾監督にもその意向は伝えているという。

「いま早大の10番(SO)をしている経験は、目標から遠ざかるものになるとは考えていません。早大のアタックを深く知るために10番を経験し、9番の練習もして…と。両方ともできることが一番いいことです。10番として目の前の課題に向き合いつつ、9番で活躍できるようになりたいです」

 チームのハンドルを担うふたつのポジションを全うできれば、それだけで希少な存在となる。

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