コラム 2026.05.24

【コラム】2689日、諦めなかった。

[ 明石尚之 ]
【コラム】2689日、諦めなかった。
170センチ、95キロの30歳。長崎南山、近大を経て2018年に加入(撮影:BBM)

 やはりプレーオフは面白い。5月23日、土曜日の準々決勝、東京サントリーサンゴリアスが劇的な展開でリコーブラックラムズ東京から勝利を手にした。

 もしかしたら、翌日のチケットを急いで購入した人もいるかもしれない。
 日曜日のきょう、2連覇中の東芝ブレイブルーパス東京と対峙するのは3季ぶり2度目の優勝を目指すクボタスピアーズ船橋・東京ベイだ。

 面白い、が確約された昨季決勝カードの展望は他に譲るとして、ここでは3位で終えたスピアーズのレギュラーシーズンを振り返りたい。どうしても見逃せなかったのが、このトピックである。

 2026年3月1日の横浜キヤノンイーグルス戦。この第10節で、HOの大熊克哉がトップリーグデビュー戦となった2018年10月20日のコカ・コーラ戦以来となる公式戦出場を掴んだ。

 その期間は実に7年4か月。正確な日数でいえば2689日ぶりだった。

 スポーツの世界ではなかなか見ることのできない数字だ。社員選手であり、頭数の必要な専門職ということも大きかっただろう。

 それでも、前川泰慶GMはそうした事情以上に「チームマン」としての大熊を買う。
「チームにいて欲しい選手です。ケガが多くて出られない時間も長かったけど、リハビリの姿勢などで”腐らない”ということを体現してくれる。出場すれば活躍してくれます」

 最初のメンバー発表時、23人のリストに名前はなかった。コンディションチェックが必要な江良颯のいるHOだけは流動的とされたが、ラグビーの世界ではよくある話。まさかミーティング後の練習中にメンバー入りを伝えられるとは思わなかった。

 驚きと興奮が同時に押し寄せてきたことを、いまでも覚えているという。
「いや、もう…久しぶりという感覚ではないですよね。気持ちはほぼデビューと言ってもおかしくない。そのぐらいフレッシュな気持ちでいこうと思いました」

 試合2日前。対外にもメンバーが発表されると、ファン、恩師、会社などから驚くほどの激励が届いた。
 現地の大分まで駆けつけてくれた、職場(クボタ環境エンジニアリング)の社員もいた。

「これだけ応援してもらっているんだなと感じました。もっと頑張らないといけない、と」

 もっとも、試合会場に移動してからは平常心を保った。
 背番号16の出番は後半36分。21-0と先行してから後半に2トライを許し、相手にモメンタムが移った時間帯だった。

「展開的にコーチ陣も結構迷っていたようです。その気持ちも理解できました。でも、出ないのだけはちょっと嫌だなと(笑)」

 出場時間こそ短かったが、スクラムを組み、スローを投げ、身体を当てた。

「7年以上のブランクがあったので、自分が公式戦に出て、どんなプレーをしているのか、どんな気持ちでプレーをするのかがまったくイメージできていませんでした。でも振り返ると、いつも通りだったなと。練習試合でも、練習でも、自分のやるべきことをやるだけ。むしろ、そういうときこそ、普段自分が練習していることしか出ないんだろうなと思いました」

 あらためて、2689日。その間にクマ(愛称)は結婚し、ふたりの子を授かり、マイホームも建てた。

「いま思えば長かったですね。ただ、チャンスがなかったわけではありません。特に優勝したシーズン(2022年度)はすごく調子が良かったのですが、開幕前の最後の練習試合で手をケガをしてしまいました。コーチ陣からも評価を受けていたので、諦めることはなかったです」

 世界最優秀選手のマルコム・マークスに、日本代表の江良颯と壁は高い。
 ただ、振り返れば苦労を乗り越えてきたラグビー人生だった。

「(本格的に)HOにコンバートしたのは大学からだったので、はじめはまったくスローができなくて、夜遅くなるまでずっと一人で投げていた時期もありました。クボタに入ってからはとてつもないライバルが現れましたが、とことんやってやろうと逆に気持ちが高まりました。諦めずにやり続けると口で言うのは簡単ですが、いざやってみると本当に難しい。でも、やり続けた先に絶対なにか掴めるものがあると思っています。グラウンドに立ち続けていれば、絶対にチャンスは回ってきます」

 長い雌伏のときを腐らず過ごせたわけを聞けば、やはり仲間の存在を挙げる。
「メンバー外の選手たちと毎日、高め合ってきました。彼らがいたからここまでやってこられた。スピアーズはメンバーでもメンバーでなくてもチームのために自分のやるべきことをみんながやっています。(そんな)チームが大好きなんですよね」

 それは2016年に就任したフラン・ルディケHCが長い年月をかけて築いてきたものだ。58歳の元教師は、「常にコーチルームのドアは空いている」と選手たちに呼びかける。

「何か気になること、メンバーに対して思うことがあればいつでも来てくれと。実際にいろんな選手がフランに話しに行きます。そこでやることが明確になる。本当に見てくれていると感じられるので、モヤモヤはありません」

 ルディケHCは「ラブ&ケア」(愛情と思いやり)が大切とも、常々話すという。
 大熊が父を亡くした際には、トゥパ フィナウ、ピーター・ラピース・ラブズカフニらがそっと横に座ってくれた。

「本当に救われました。もし逆の立場であれば、相手のことを気にして声をかけていいのか迷っていたと思います。でもその経験をしたので、相手がネガティブな気持ちになったときは、自分もそうした行動を取ろうと」

 大熊自身、もともと人を笑顔にするのが好きだ。チームのホームページに掲載されている「もしラグビーをしていなかったら」の項目に「(2023年度で引退した)岡山仙治と吉本で漫才をしていた」と書くほど。

 近大の中島茂総監督からも、「お前は宴会要員で(クボタに)行くんや」と言われていた。
「冗談でしたけど、確かに一理あるなと。チームが沈んでいるときには自分が前に出て少しでも明るくできたらと思っていました」

 そんなムードメーカーは、勝利の後に歌う「チームクライ」で音頭を取る。先輩の四至本侑城から受け継いだ。「もう30(歳)なんで…」と玉置将也を後継者候補に挙げるが、今季も大事な役割をまっとうする。

 日本一まで、あと3勝。歓喜の輪の中心で、声を響かせたい。

【筆者プロフィール】明石尚之( あかし ひさゆき )
1997年生まれ、神奈川県出身。筑波大学新聞で筑波大学ラグビー部の取材を担当。2020年4月にベースボール・マガジン社に入社し、ラグビーマガジン編集部に配属。リーグワン、関西大学リーグ、高校、世代別代表(高校、U20)、女子日本代表を中心に精力的に取材している。

PICK UP