コラム 2025.07.03

【村上晃一の楕円球ダイアリー#2】「脳震盪は起こさなくなりました」

[ 村上晃一 ]
【村上晃一の楕円球ダイアリー#2】「脳震盪は起こさなくなりました」

 リーグワンで連覇を果たした東芝ブレイブルーパス東京の眞野泰地選手に話を聞く機会があった。

 眞野選手は準決勝のコベルコ神戸スティーラーズ戦で約40秒間に3つのタックルを決めた。
 筆者も出演しているBS朝日のラグビーウィークリーという番組のX動画で、ファンから「脳震盪を起こさないか心配です」という質問があり、眞野選手がタックルのコツについて答えた。

「相手の力が伝わる方向を見て倒すことを意識します。相手が100%のスピードで走ってくるときは、その勢いを利用して倒すので、しっかりバインド(両手で相手をしっかりつかむ)することを意識します。相手がパスを受けようとして止まっているときは、こちらが100%で前に出てタックルしても大丈夫です。タックルの使い分けを意識しているので、脳震盪は起こさなくなりました」

 起こさなくなりましたと答えたのは、眞野選手も、深く考えずに頭からタックルしていた時期があったからだ。

 考えなしにタックルするのは危険である。ハードタックラーで名高い選手が、選手生命を短くしてしまった例は少なくない。自分の身を守ることは、長くプレーを続けるためにも大切だし、チームのためにもなる。

 ラグビーは、怪我を防ぐために、さまざまな規制を設けている。タックルの際、相手の足を跳ね上げない、最後までバインドして倒す、体当たりでふっ飛ばさない、首や頭部に直接コンタクトしない等だ。

 多くは怪我をさせないようにするものだが、同時に怪我をしないことも重要視して技術、スキルを磨いてほしい。眞野選手の考え方は理にかなっている。

 ふと、30年以上前の記憶がよみがえった。

 1990年、住友銀行の頭取、会長をつとめた磯田一郎さんが日本ラグビー協会の会長に就任されたときにインタビューしたことがある。
「最近のラグビーは見ていて怖いね。正面からタックルするでしょう。我々の時は、相手の足に入って勢いを利用して倒していたからね」

 磯田さんは、戦前、旧制第三高等学校、京都大学ラグビー部で俊足のバックスだった。身を守るタックルを身に着けてほしいというメッセージでもあった。

 1960年代後半から70年代に日本代表の名CTB横井章さん(早稲田大学卒)は言っていた。
「ラグビーはサイエンス」

 単純に言えば運動エネルギーは、速さが2倍になれば4倍になる。
 体重は軽くても相手よりスピードをつけて当たれば勝てるということだ。

 当時の日本代表は海外の強豪国と戦うと、平均体重で10キロほど下回るのが常だったが、横井さんは「100キロの選手も止まっていれば怖くない」と言った。
 いかに相手との間合いをコントロールするかという話である。

 体重別ではなく、大きな選手も小さな選手も一緒に戦うのがラグビーだ。

 小さな選手が勇敢に戦い、大きな選手を倒すのはラグビーの魅力の一つだが、相手の膝の前に身体を投げ出し、石ころのように身を固めて倒すのは危険すぎる。
 捨て身とか、命がけのタックルではなく、理論と技術に裏打ちされたタックルで確実に相手を倒し、すぐに立ち上がってボールを奪い返すようなプレーを称賛したい。

 競技規則の序文にはこう書かれている。
【ラグビーフットボールは、身体接触を伴うスポーツであるため、本来危険が伴う。いかなるときも、競技規則を遵守してプレーし、プレーヤーウェルフェアを考慮することが特に重要である。プレーヤーには、身体的にも技術的にも競技規則を遵守してプレーできるように準備し、安全な方法で楽しく参加するように取り組む責任がある。ラグビーを指導する、または、教える人には、プレーヤーが競技規則に従い、公正にプレーし、安全な行動をする準備ができるようにする責任がある】

 怪我をしない、怪我をさせない。安全に楽しむ努力を怠らない。
 そのことが、ラグビーという競技を守り、日本のみならず世界中に広げていくことにもつながる。
 今一度、肝に銘じたい。

【筆者プロフィール】村上晃一( むらかみ・こういち )

ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。

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