コラム 2024.10.17

【コラム】どんなときでも「楽しもう!」。

[ 中矢健太 ]
【コラム】どんなときでも「楽しもう!」。
楽しんでラグビーをやろう。写真はイメージです(撮影:落合史生)

 関東大学ラグビー対抗戦Bの第3節。私がコーチとして関わる上智大学は、成蹊大学に20-47で敗れた(前半6-26/後半14-21)。
 試合から数日後、OB・OGや保護者に配信するメールマガジンにキャプテンが寄せた文章が印象深かった。

「試合が終わってからの率直な感想としては、『楽しかった』が一番でした。スクラムで常に優位を取られ、きつい時間は多かったですが、強い相手に本気でタックルに行き、ひっくり返してやるという気持ちで80分間戦えたのはこの試合の一番の収穫かなと思います」

 10年ほど前、神戸製鋼コベルコスティーラーズ(当時)にピーター・グラントというスタンドオフがいた。スーパーラグビーのストーマーズでは104試合に出場、スプリングボクスとして5キャップを持ち、フランスのTOP14でもプレー経験があった。神戸でプレーする姿には、国際レベルで培った安定感が漂っていた。

 実家の奥底から引っ張り出した神戸のファンクラブ会報誌「REAL RED」(当時)では、2010年の『ファンのベストBKプレーヤー投票』で、そのシーズンをもって引退した大畑大介に次いで2位にランクインする人気選手だった。

 ある時、彼が登録メンバーから外れていた試合で、スタンドの選手席から歩いてくるところに遭遇した。思わず「サインと、あなたがプレーするときのモットーを書いてください」と無邪気にペンを渡してしまった。紳士なピーター・グラントは、少し考えてこう書いてくれた。

“Have fun!”(楽しもう)

 実にシンプルだった。こんなトップ選手も楽しむことを大切にしているのかと、当時は少々驚いた(今ではトップ選手だからこそと思う)。

 先月は、中学生対象のとあるラグビークリニックを手伝った。この日のためにニュージーランドの高校から来日したコーチのうち1人は、なんとジョージ・ピシ。サモア代表として2011年、2015年と2回のワールドカップ出場経験を持つ。
 サントリーで長く活躍し、現在は豊田自動織機シャトルズ愛知のコーチを務めるトゥシ・ピシの実弟にあたる。

 90分ほどのセッションを通して、ジョージが何度も言っていたことは同じだった。

“Have fun! Just have fun!”(楽しもう! 楽しめばいいんだよ!)

 参加した中学生たちは、言葉以上にイキイキとプレーしていた。ラグビーが楽しそうだった。

 最後のハドルでも、繰り返し訴えた。

「一番大事なことは楽しむことなんだ。楽しむ。これからも、それを忘れないことだよ」

 楽しめば勝てるとは限らない。だが、選手が楽しめていないのに良い結果を出せるとも思えない。選手が楽しめるように引き出す。コーチにとって当たり前のようで、実際はなかなか難しい。

 私はコーチを始めて3年目になる。どうしても目先の勝ち負けに気持ちが寄ってしまうときの方が多いかもしれない。負けたい人なんて端からいない。ただ、それを受け入れた上で、チームにどんな言葉をかけるか。学生以下のユース世代に対してなら、なおさら重要なはずだ。

 ユーススポーツコーチングの書籍としてアメリカで話題になった『ダブル・ゴール・コーチ 勝利と豊かな人生を手に入れるための指導法』(“The Power of Double-Goal Coaching: Developing Winners in Sports and Life” 鈴木佑依子訳/2021年)の著者、ジム・トンプソンは、読者とあらゆるコーチに対してこのように説いている。

「選手たちがコートに走り出していくときに最後に耳にしてほしい言葉は、『楽しんでこい!』という言葉である」

 大学ラグビーはシーズン真っ最中。連勝しているチームがいれば、負けが重なっているチームもいるだろう。これから花園予選を迎える高校生も多い。
 連敗が続いたとき、負けそうになったときにこそ、楽しむことを忘れないでほしい。そして、どんな場面でも「楽しんでこい!」と送り出してくれる指導者がそばにいることを願う。自分自身も、そうありたい。

【筆者プロフィール】中矢健太( なかやけんた )
1997年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。ラグビーは8歳からはじめた。在阪テレビ局での勤務を経て、現在は履正社国際医療スポーツ専門学校・外国語学科に通いながら、執筆活動と上智大学ラグビー部コーチを務める。一人旅が趣味で、最近は野村訓市のラジオ『TRAVELLING WITHOUT MOVING』(J-WAVE)を聴きながら、次の旅先を考え中。

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