国内 2024.04.05

【連載③・秩父宮のゆくえ】選手・観客が快適、稼働率増。全天候型による数多くの恩恵。

[ 明石尚之 ]
【連載③・秩父宮のゆくえ】選手・観客が快適、稼働率増。全天候型による数多くの恩恵。
選手とファンの一体感を醸成しやすいスタジアムになる©秩父宮ラグビー場株式会社

 前回は、新秩父宮ラグビー場の座席数が大幅に削減される理由や、座席が3面(ゴール裏1面は巨大スクリーン)となったわけについて、事業・運営を担う秩父宮ラグビー場株式会社の代表企業である鹿島建設の関係者などに訊いた。

 3回目の今回は、現秩父宮との大きな変更点で、かつ多くのラグビーファンが抱いたもう一つの懸念事項である「全天候型スタジアム」「人工芝」について解説したい。

 新秩父宮は当初、観客席のみ屋根付きで建て替える構想だった。しかし、全天候型、つまり「屋根付きの完全密閉型」に方針転換したのは、日本ラグビー協会がスポーツ庁主催の「ラグビーの振興に関する関係者会議」(第2回/2020年9月)で要望したためだ。’21年1月の同会議(第3回)で決定している。

 開閉式可動屋根にすることで天然芝を維持できるのではという声もあるが、費用面で現実的ではない。トヨタスタジアムは修繕費が高額で、結局開けっ放しという例もある。

 ただ当然、観客席のみ屋根付きよりも整備費は大幅に高くなり、538億円となった。それでも密閉型にしたのには、数多の理由がある。

 新秩父宮のコンセプトに「ラグビーの裾野を広げ、新たなファン拡大を目指す」ことを掲げているのも、そのひとつだ。新規ファンにとって、寒さや風、雨などはスタジアムから足を遠ざける大きな要因になる。真冬の観戦環境では、友人などを誘いづらいというラグビーファンの葛藤もあちこちで聞く。
 空調を効かせることで快適に観戦でき、荒天で試合が中断されたり、中止になる心配もないのは、古参ファンにとっても決して悪い話ではない。市民の防災拠点の役割も果たすことができる。

 興行するチーム側のメリットも大きい。過去にバスケチームを経営してきた静岡ブルーレヴズの山谷拓志社長は、悪天候による着券率の低下は「想像以上」とリーグワン初年度に嘆いたことがあった。当時は「4000人の観客を見込んでいた試合が、2500人になった」という。

 完全密閉であれば、演出もより派手におこなえる。鹿島建設と運営を担う、東京ドームの関係者は言う。

「例えば試合前の演出で、照明を暗転させてスクリーンに注目させることもできるし、入場の際に選手にスポットライトを当てることもできる。音響も良くなるし、選手と観客の一体感が増します」

 東京ドームを35年以上、管理、運営してきた同社が持つノウハウは、WBCなど国際大会の開催実績も含め、国内随一だ。
「場外でイベントを開いたり、回遊できるような施策を展開したりと、”非日常感”は試合中だけでなく、試合前後でも出せる(実績がある)」。新秩父宮の場合では、再開発によって神宮球場跡地に緑が広がる中央広場などを、そうした試合前後の演出に有効活用できるだろう。

 室内競技場となるメリットは選手にもあり、室温を調節できることで怪我のリスクを軽減できる。

 人工芝の固さなどを危険視する意見もあるが、それはかつてのイメージだ。現在の人工芝では、芝の下にショックパッド(クッション材)を敷いたり、ゴムチップや砂を充填することで衝撃を和らげている。日本協会も、「ワールドラグビーの国際基準に準じた適合審査(ボールの跳ね方、衝撃耐久性など)をクリアした、人工芝の導入に関しては前向き」との見解を示した。

 ちなみにグラウンドと同基準の人工芝が敷かれたアップ場(120㎡)も2つ整備され、現秩父宮が抱える「対戦相手同士がロッカールームからアップ会場まで同じ動線を使っている」課題も解決される。

 人工芝になることでの恩恵もあり、稼働率は飛躍的に向上するのだ。

現在の秩父宮の稼働日数は、コロナ禍前で年間約80日~100日程度(一般利用やラグビー以外のイベントも含む)。芝生の養生で、どうしても使用できない期間が長い。

 一方で人工芝の東京ドームは、関係者曰く「80~90㌫の稼働率」(約300日)。それだけの試合やイベントをおこなえれば、これまで秩父宮で開催できなかった、さまざまなカテゴリーの試合やイベントを開けるし、ラグビーに限らずコンサートなど多様な用途で活用できる。収益の大幅向上が見込めるのだ。

 そもそも天然芝のスタジアムでは、施設の利用料のみでの黒字化は難しい。鹿島スタジアムは併設のフィットネスジムや温浴施設などで、収益を黒字化してきた(コロナ禍前)。

 健全な運営が肝であったことは、日本協会が過去に明かしている。
「秩父宮ラグビー場は、その名称も含め歴史的にも意義のある日本ラグビーの聖地であり、“持続可能なスタジアム”として後世へ引き継いでいく必要があると考えていました」

 それでも、「屋外でやってこそラグビー」と反発の声があるのも事実だ。例えば風を考慮して戦い方を工夫するのも、確かにラグビーの醍醐味のひとつ。JSCの関係者も、その意見を否定しない。

「屋外×天然芝でプレーするべきというご意見はあっていいと思っています。ただ、一等地にある秩父宮ラグビー場が屋内×人工芝となることで生み出す価値は大きい。ラグビーの試合が開催しやすくなり、新しいファンが来るきっかけを作りやすくなると感じています」

 次回は日本ラグビー協会の土田雅人会長、リーグワンの玉塚元一理事長に話を訊き、それぞれの立場から秩父宮の未来を語ってもらう。

*ラグビーマガジン5月号(3月25日発売)の記事を再掲
*第1回の記事はこちら

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