リーダーシップと成長意欲で魅了。スピアーズ杉本博昭、引退発表後初の実戦へ。
船橋市内のグラウンドで練習を終える。併設のクラブハウスにある応接室へ入るや、待っていた2名の報道陣へ「ありがとうございました、長いこと」と首を垂れる。2月22日の昼頃だった。
クボタスピアーズ船橋・東京ベイの杉本博昭はその前日、今季限りの現役引退を発表していた。広報を通じ、「自分のことをよく知っているからこそ『やりきった』という気持ちが強く、悩み抜いて出した決断です」とコメントを出していた。
身長181センチ、体重105キロの34歳。リーグワンの第7節を2日後に控え、改めて語る。
「自分が辞めるという感覚が、そこまでないんです。『やりきった』とは言っていますが、実はやりきってはいなくて。『最後に自分たちのシーズンを終わらせることで、やりきれる』という意味での、『やりきった』です。まずは今週、与えられた仕事をやる」
当時の学生ラグビー界にあって著名な「杉本3兄弟」の末っ子は、布施ラグビースクールで9歳から楕円球を追い始め、大工大高(現・常翔学園高)で主将を務めた。
明朗なリーダーと評され、2006年度の高校日本代表でも船頭役を担った。
集まったメンバーは豪華だった。やがて日本代表を引っ張るリーチ マイケル(東芝ブレイブルーパス東京)が札幌山の手高のマイケル・リーチとして入り、ワールドカップ2度出場の山中亮平(コベルコ神戸スティーラーズ)も東海大仰星高在籍の司令塔として遇された。さらには東福岡のリーダー兼ハードタックラーで後に代表入りの有田隆平(トヨタヴェルブリッツ)、2015年のワールドカップ・イングランド大会で左PRとして活躍する青森工の三上正貴(ブレイブルーパス)ら腕に覚えのある面子がずらりと並んだ。
ミーティングをすれば、それぞれが述べたいことを述べる、トップがまとめづらそうな状況だった。ところがどうだ。杉本は「全員がリーダーだったので、逆にやりやすかったですよ」。18歳にして、自分なりの組織の束ね方をつかみ取っていた。
「高校生でしたし、関西人も多かったので、それぞれがあっちゃこっちゃと話す。僕はそれを全部、聞いて、要約して、『こうしようよ』みたいなのをやっていました」
進学した明大でも、2010年度に主将となった。試合中に円陣を組むと、白い歯を見せながら仲間に進路を示した。大勝負を制した後の会見で、「試合中、皆のテンションがどんどん上がっていくのが素晴らしいと思いました」と振り返ったのも印象的だった。学生時代の同級生には、追って日本代表へ定着の田村優がいた。
スピアーズでは下部リーグ降格、長引く故障も経験しながら、ポジションを以前のNO8からHOに転じてキャリアを重ねた。
衝撃的な出会いは2020年にあった。
対戦したNTTコミュニケーションズシャイニングアークス(浦安D-Rocksの前身)の対面が、南アフリカ代表のマルコム・マークスだった。スクラムを組むと恐るべき強さを肌で感じ、自宅へ戻れば妻に「NコムのHO、バリ強かったわ」と漏らした。
翌年度には、そのマークスがスピアーズの同僚になった。杉本は妻に「ヒロさん、あんた終わったな」と言われ、「あほか、いまから成長すんねや」と返した。
「そういう(世界的な)選手が来ることで自分の成長するというマインドになれるんです。ありがたい環境に身を置かせてもらえました」
リタイアへのイメージは、昨季から浮かんでいた。リーグワン初優勝でオフを迎えても、その気持ちは変わらなかった。
コンディションを鑑みれば「40歳」まではできそうだと感じたが、「メンタル、目標達成したことなど、いろんなことが重なって…。自分自身に問いかけた時に、もう、ラグビーは終わりだなと」。悩んだ末に、自分で自分のフィナーレを決めた。
「むちゃくちゃ、勇気、いりましたよ。奥さんにはよく相談するんですけど、『何回、同じ話するの?』って言われるほどで。…自分がいい時に辞められるのは幸せだとも感じます。ファンの皆さんの前で杉本博昭をいい状態で終わらせることは、いいクローズになるとも思っています」
今季開幕までに、一部のスタッフや選手に思いを共有。今度の第7節が地元の東大阪市花園ラグビー場でおこなわれるからと、このタイミングで発表した。
花園近鉄ライナーズに挑む今度の一戦では、2試合ぶり5度目の公式戦メンバー入り。リザーブとなる。スターターには、マークスの代役として加入のデイン・コールズが名を連ねる。
ニュージーランド代表90キャップのコールズに、杉本はずっと憧れてきた。
2016年に、チームのFWだけでニュージーランドのウェリントンでキャンプを張ることがあった。その折、現地ハリケーンズで戦っていたコールズとも対面。ラインアウトのスローイング練習を動画に撮らせてもらった。データはスマートフォンに残し、事あるごとに見返してきた。
「ダンのスローイング。コピーしていたんです。スランプに陥ったらこの動画を見まくって、頭の先からつま先までチェックした。そんなリスペクトしていた選手と最後にできるのは感慨深いです。これは、ダン本人にも伝えました」
当日は出身中学のラグビー部をスタンドへ招待。コールズ仕込みの投球をはじめとしたひとつひとつの「仕事」を通し、後輩の心に「何かしらのきっかけが生まれればいい」と考えている。