コラム 2024.01.11
【コラム】スーッとハード

【コラム】スーッとハード

[ 藤島 大 ]

 黒いスクラムキャップも、どこか痛いのか(この人に痛覚があればの話)右の肘より上を覆うテープも、もともと体の一部に映る。万事、自然体。ボールを受ければ迷わず縦へゲイン。視界に赤い生き物が入れば倒す。

 音のしないような選手だ。あまりにも滑らかに激しい攻守に身を投じるので「バチッ」という衝突の響きが聞こえない。スーッとハード。喜怒哀楽を封じる表情がまた心理を読ませない。若いのに憎い。

 あわてて経歴を調べる。大阪市立東生野中学出身。花園ラグビー場界隈のファン、関西通は親しみをこめて「トンナマ」と呼ぶ。1966年に創部。過去、有名無名、あまたの人材を輩出してきた。2024年1月2日の国立競技場。天理、12ー22で惜しくも散る。ここにも文句なしの逸材を送り出した。

 タックル、ランのみならず、この人は「ボールの真後ろに入る」感覚に優れている。仲間が倒される。ブレイクダウンの中の楕円球に向かって真っ直ぐ、速やかに上体をねじ込む。あるいは、そのまま超える。斜めでなく垂直。いわゆる「ラックの芯を食う」。まるでぐらつきがない。

 さらに、よきラインアウトのジャンパーであり、腰を割り、そこから伸びる動作に無駄のない優秀なリフターである。ボールを保持しても、奪いに走り寄っても、怪力の帝京勢に囲まれながら、身体に少しのスキも生じない。
 
 体をぶつけるのが好き。パスをつかむや、次の行動は「より痛いほう」へあらかじめプログラミングされているので逡巡は皆無、したがってチームの同僚を不利にさせず、結果もついてくる。
 
 昨年の1月5日。天理高校は、太安善明主将の際立つ統率で花園ベスト4進出、報徳学園に惜しくも敗れた。朝日新聞にこんな記事が残る。

「天理駅の団体待合所では、パブリックビューイング(PV)が開かれ、県内外から訪れた約60人が試合を見守った」。天理高校の女子生徒3人が取材を受けた。「普段はおとなしい印象」。級友たちは「川越選手」についてそう述べている。 

 362日後、川越功喜は大スタジアムの芝の上でも静かだった。ただし、おとなしくはない。その反対だ。声荒らげぬ闘争心はスポーツの美徳のひとつである。

【筆者プロフィール】藤島 大( ふじしま・だい )
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、'92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビーの情景』『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジンや週刊現代に連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。J SPORTSのラグビー中継解説者も務める。近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ) 。

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