コラム 2021.09.30
【コラム】革新のスペース

【コラム】革新のスペース

[ 直江光信 ]

 ただこの『50:22』については、国際統括機関のワールドラグビーが「キックに備えて防御側の選手が下がることで、攻撃のスペースが生まれる」と導入の目的を説明しているように、ディフェンスラインに並ぶプレーヤーが減ることによって中盤で攻めやすいシチュエーションを増やすのが本来の狙いだ。ひとつの突破口が開くと、それを埋めるために相手は対応に動き、副次的に別のチャンスが生まれる。表面化していないところでその効果が出ている可能性は、十分考えられる。

 何より日本で『50:22』の適用が決定したのはほんの2か月あまり前だ。コロナ禍で思うように練習試合をこなせず、実戦での落とし込みが絶対的に不足している事情もある。チーム戦術としてこのルールを活用して好機を作り出すシーンが見られるようになるのは、むしろこれからだろう。

 バウンドしてタッチラインを割るキックを蹴るには、グラウンドの両サイドよりもフィールド中央からのほうが狙いやすい。相手陣の22メートル区域で外に出すなら、自陣のできるだけハーフウェーラインに近いところから蹴ったほうが精度は上がる。相手のキックケアがいない状況で、チーム一の足技の名手にその位置で球を持たせるには…。いま、全国各地でたくさんのコーチや選手が、ノートに鉛筆、あるいはタブレットにタッチペンを走らせながら、そんなイメージと格闘しているはずだ。

 ひんぱんに起こるプレーではないとはいえ、右利きと左利きの複数のキッカーを擁しゴール前での決め手を持つチームなら『50:22』を生かさない手はない。なんて考えていたら、ふとジャパンの顔ぶれが頭に浮かんだ。流大(右利き)、田村優(右利き)、ラファエレティモシー(左利き)らの多彩なキックで一気に敵陣22メートル内まで攻め入り、自軍投入のラインアウトからのムーブで姫野和樹やテビタ・タタフ(問答無用の突破力!)がなだれ込む。これ、2023年のフランスで大きな武器になりはしまいか。

 ラグビーではこれまで何度も大胆なルール変更が行われ、そのたびに新しいプレーや戦い方が発案されてきた。試験実施ルールの導入は、そうした工夫の入り込む余地が広がったことを意味する。そして斬新なアイデアは、必ずしも強豪チームから生み出されるとは限らない。戦力の不足を補うべく日夜思考を巡らせる情熱家の型破りなひらめきが、世界のラグビーを変えることだってあるかもしれない。

 ゴールポストもない土のグラウンドで誕生したある革新的な戦法が、地方大会でひそかな話題となり、気がつけば日本中、いや世界中を席巻していた。夢のある話だ。クライマックスに向け各カテゴリーで熱が充満する秋、そんな想像がふくらむシーンに数多く出会えることを期待しよう。

【筆者プロフィール】直江光信( なおえ・みつのぶ )
1975年生まれ、熊本県出身。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。早大時代はGWラグビークラブ所属。現役時代のポジションはCTB。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。ラグビーを中心にフリーランスの記者として長く活動し、2024年2月からラグビーマガジンの編集長

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