「夢を叶えたい」
来年、所属するトヨタ自動車ヴェルブリッツを離れ、ニュージーランドのハイランダーズに加入することを決めた姫野和樹は、海外で挑戦する道を選んだ理由についてそう言った。
「自分の夢である『ラグビーを日本になくてはならない存在にしたい』という思いがあるので、その夢を叶えるためにも、自分が海外挑戦というチャンスをつかむことによって、日本ラグビーに大きなものをもたらすというふうに考えています。また、あちらで活躍することによって、僕のプレーを見て、勇気や感動を感じてもらえる子どもたちや選手たちがいれば、すごくいいかなと思いました。居心地のいい日本を離れて、また一からハングリーにプレーすることが必要だと感じたので、海外でプレーすることを選びました」
挑戦する期間は2021年1月から6月まで。それが終わればトヨタに復帰する予定だが、1月16日から5月下旬まで開催される予定のジャパンラグビートップリーグ2021には参加しない。南半球のスーパーラグビーに挑む。
「昔から海外に行きたいという思いはありましたが、ワールドカップという舞台を経てから、その思いはより強くなりました」
姫野は2017年にインターナショナルデビューして以来、日本代表FWとして17キャップを獲得。昨年のワールドカップでも活躍し、悲願のベスト8入りに大きく貢献した。残念ながら準々決勝で南アフリカ代表に敗れたのだが、そのタフな戦いを経験したことも、海外挑戦を真剣に考えるきっかけになった。
「南アフリカ戦まで、モチベーションというより、コンディションが維持できなかった。あれだけレベルの高い試合を毎週こなすことが初めての体験だったので、南アフリカ戦は満身創痍だったんです。自分のプレーが全然できなかった。もっともっと強くなりたいという向上心がすごく強くなりましたね。なので、スーパーラグビーというレベルの高いリーグで毎週毎週戦って、タフになることは自分にとってすごく大きなメリットがあると思いました」
2018年に日本チームのサンウルブズに加わり、すでにスーパーラグビーで11試合出場の経験があるが、今年のスーパーラグビー アオテアロア(ニュージーランド国内大会)を観て、改めてレベルの高さを感じたという。
「自分に持っていないものを持っている選手が多いとすごく感じました」
もっとスキルを向上させたい。
「ニュージーランドのFWはBKみたいなプレーができる。オフロードの技術や、ランでのサポートコースやボールのもらい方などを吸収したいです。ニュージーランドの選手たちには見えていて、僕には見えていない部分があると思うので、そういったところを伸ばしたいとすごく感じています。ボールキャリアやブレイクダウン、タックルなど自分の強みと弱みをしっかりと理解して、強みを伸ばしつつ、自分の持っていないものを手に入れたいと思っています」
もしサンウルブズが存続していれば(2020年を最後にスーパーラグビーから除外)、オプションのひとつとして考えたかもしれないが、海外に行くことで英語の能力を伸ばしたいという思いもあった。それに、居心地のいい環境を離れ、ハイレベルな選手がいるなかで毎試合毎試合、まずはチームのなかの競争に勝っていかなければならないというところも、日本にいてはなかなか体験できないことだと、海外挑戦の魅力を語った。
フランスのクレルモン・オーヴェルニュに2年契約で移籍した松島幸太朗のように、ヨーロッパのラグビーにも興味があり体験してみたいと思うが、「いまの自分に必要なのはスーパーラグビーにある」と姫野は言う。
海外挑戦はいろんな人に相談した。
トヨタ自動車ヴェルブリッツのディレクター・オブ・ラグビーであるスティーブ・ハンセンとサイモン・クロン ヘッドコーチには、「残ってほしい」と言われた。オーストラリア代表主将のFLマイケル・フーパーも新加入するし、世界最優秀選手に選ばれたことがある元ニュージーランド代表主将のNO8キアラン・リードもいる。そういうプレーヤーから学ぶ経験はなかなかないことだし、海外挑戦のチャンスは今後まだまだある、と。姫野、フーパー、リードという、夢のようなFW3列が観られると楽しみにしていたファンも多かったはずだが、姫野は悩んだ末、海外に出てプレーすることの方が大きなものを得られるんじゃないかと決断した。
日本代表のジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチは賛成してくれた。
「ジェイミーは、海外に挑戦することはすごく大事と言っていました。日本代表のヘッドコーチとしては今シーズンに行ってほしい、と。来年度から日本代表としての活動が始まるので、代表活動になるべく帯同してほしいという思いが強いんじゃないでしょうか。僕的にも、来年度は新リーグが始まるし(2022年1月からスタートの見通し)、今年度がチャンスかなと思ったので、このタイミングにしました」
来年6月26日には日本代表とブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズが対戦することが決まった。大きく成長して帰ってきてくれることをジャパンの指揮官は期待している。
日本代表のチームメイトにも相談し、かつて母国ニュージーランドのチーフスでも活躍したキャプテンのリーチ マイケルには「姫野はやれるから、行きなさい」と言ってもらった。ほかにも、オーストラリアのレベルズなどでプレーしたことがある堀江翔太ら、いろんな選手に後押ししてもらい、決意は固まった。
もちろん、快く送り出してくれたトヨタの関係者にも感謝の気持ちでいっぱいだ。
「自分の挑戦に対して、豊田章男社長からも『どんどん海外に出て活躍するべきだ』というお言葉をいただいた。自分がこれからやらなければいけないことがより明確になりました」
ハイランダーズの来季ヘッドコーチには、日本代表のアタックコーチとして姫野をよく知るトニー・ブラウンが就任することになった。同じく日本代表のS&Cコーチであるサイモン・ジョーンズもハイランダーズのスタッフであるため、心強い。
「僕のことをよく知っているし、僕に足りないものもブラウニーは知っているので、さらに伸ばすには僕のことをより理解している人がいるのは大きいと思います」
昨年のワールドカップではナンバー8、フランカーとして日本代表の全5試合に先発したが、ハイランダーズではどこだってやるつもりだ。
「試合にでることが最優先。ロックで出てほしいと言われればロックで準備しますし、フランカーと言えばフランカーでやる。まずは試合に出ることが大事だと思っています」
ハイランダーズでの目標は、個人的には全試合出場。チームとしては、6年ぶりの優勝を目指す。
「自分のパッションやリーダーシップをあちらでも発揮できるように、チームを引っ張っていけたらと思います」
ニュージーランドへ渡航するまで、しばらくはトヨタで練習を続ける。
新型コロナウイルスの影響でチーム活動を制限されていた期間中もトレーニングをしてきたので、体が強くなったのを実感しているし、コンディションもいい。
「このまましっかりいい準備を続けて、ニュージーランドに行きたいです」
ジャパンの将来を担う26歳の姫野が、ラグビー王国で挑む。