『ミディ・オランピック』の、10月24日(現地時間)に行われたプロD2のグルノーブル対カルカッソンヌの試合を伝える記事の中にこんな一文があった。
「様々な理由で、金曜日の夜のスタッド・デ・ザルプはやや空席が目立っていたのは確かだ。しかしながら、それでも7,000人の観客は、白熱したぶつかり合いには欠けたものの、日本の古瀬健樹レフリーによる国際水準のレフリングに見合った、正確で見事なプレーの数々を見て大いに楽しむことができた」
試合の記事でレフリーに触れるのはあまりあることではない。つまり、あえて触れたくなるほど良かったということだ。試合はグルノーブルが57-12で圧勝し、ノーサイドの笛を吹いた古瀬レフリーには充実の笑顔が見られた。
古瀬レフリーは、フランス協会とのレフリー交流事業により、トップ14のトゥールーズ対ボルドー(10月12日)でアシスタントレフリーを務め、続いてプロD2ではヴァンヌ対オヨナ(10月16日)とグルノーブル対カルカッソンヌで主審を務めた。
どうしてもフランスのレフリーの意見を聞きたくなり、友人を介して、元国際レフリーで、現在フランス協会のプロレフリーテクニカル対策室の責任者であるマチュー・レイナル氏にお願いしたところ快諾いただき、電話でお話を聞くことができた。
「彼(古瀬レフリー)をフランスに呼び、ポール・ホニス(日本協会ハイパフォーマンスレフリーコーチ)と合意の上でこれらの試合に指名したのは私です」とレイナル氏は切り出した。
レイナル氏は、古瀬レフリーが23歳という若さでこのレベルでレフリングしていることは「すでに大きな成功」であり、彼を「将来有望なレフリー」だと断言。彼の「グラウンドでの冷静さ」や「非常に多くの技術的資質、コントロール能力、コミュニケーション能力」に加え、優れた「ボディーランゲージと動き」を高く評価した。また、フランス語を話さないにもかかわらず、主審を務めた最初の試合で「フランス語で多く話す努力をしていた」ことは素晴らしいと評価した。
さらに、アシスタントレフリーを務めたトップ14の試合と主審を務めたプロD2の2試合すべてが「非常に優秀でした」と満足感を示し、その優秀さを表すために「私たちは彼をフランスに引き留めたかったぐらいです」とまで語った。
古瀬レフリーをU20世界選手権で見て、他の若い外国人レフリーと同様に注目したと言うレイナル氏は、「彼はまだ若い。焦ってはいけません。私は、彼が明るい未来を約束されていると確信しており、それを心から願ってもいます。まだ多くの努力が必要ですが、彼が一生懸命努力することに何の疑いもありません。今後数年でトップレベルに到達できると確信しています」と将来性を保証し、「近い将来、彼にまた来てもらって、トップ14でもレフリングしてもらえればと思っています。トップ14は特別で非常に厳しいリーグです。そこでレフリングすれば、彼にとっても非常に大きな露出の機会にもなるでしょう」と、さらなる機会提供への意欲を示した。
古瀬レフリー自身も、このフランスでの経験が大きな学びとなったと振り返る。
1試合目のヴァンヌ対オヨナ戦では、日本ではあまり経験しないスクラムのマネジメントの難しさを感じた。スクラムが強いチームに対し、劣勢のチームにどうマネジメントをかけるか、試合が決した状況で反則を繰り返すチームへの対応など、「マネジメントがすごく難しかった」と述べている。
一方、グルノーブル対カルカッソンヌ戦では、カルカッソンヌがラインアウトモールでコンテストしてこないという、日本ではほとんどありえない状況を経験。「フィジカルなラグビーだからこそ起こりうることなのかな」「こういう考え方もあるんだという面白い学びでした」と、異なるラグビー文化を持つ国で新たな視点を得た。
滞在期間中、古瀬レフリーはフランス代表の総本部である、パリ郊外マルクッシの国立ラグビーセンターで実施されたプロレフリー合宿にも参加。朝から晩までトレーニングや映像を使ったセッション、レフリングについての活発な議論など、フランスでのプロレフリーの取り組みを目の当たりにした。「面白い機会だった」と振り返る古瀬レフリーにとって、貴重な経験となった。
レイナル氏は、今回の古瀬レフリーの招聘が、レフリー交流事業を通じて、日本と強固な関係を築きたいという考えに基づくものであると説明する。
「フランスのプロフェッショナルレフリーの責任者として就任し、交流プログラムをアルゼンチン、アイルランド、ジョージア、イングランド、イタリア、ウルグアイ、アメリカなどの国と導入してきました。そして日本とも実現したいと強く願っていました。レフリングだけでなく、他の分野でも私たちの二つの国、二つの協会間で強固な関係を築くことは非常に興味深いことだと感じています」と語る。
彼が指揮をとっている対策室設立の目的は、フランスのレフリングレベルを向上させ、国際舞台でのフランスの存在感を強めるためだと理解していたが、「それも一因ですが、私は他の国のレフリーにも機会を与えるべきだと考えています。アプローチの違いの中に、大きな豊かさがあるとも信じています。フランスのレフリーたちには、他の国に存在する文化を意識してほしいのです。そして、私たちの見解が必ずしも常に正しいわけではないことを意識してほしい。彼らが自らを構築していくべき多様性の中で、異なるラグビー文化を持つ国の、異なるアプローチを経験すること、例えば日本でレフリーを経験することは彼らを豊かにするはずです。また、古瀬さんにとって、フランスで私たちがどのように取り組んでいるかを見ることが彼を豊かにしたように、フランスのレフリーも古瀬さんと交流し、彼がどのように活動し、どのような意見を持っているかを知ることも彼らの豊かさとなります」と相互の利益を訴えた。
これらは、レイナル氏の長年に亘る国際レフリーとしての経験から来る考察だ。
「私はレフリーとして長い間トップレベルを経験し、多くの国へ行き、大きな試合でレフリーを務め、世界中の人々と強い関係を構築しました。彼らのレフリングやラグビーに対するビジョンに心を開くこと、他の国々の良い点、おそらくフランスにはなかったかもしれないものを取り入れることができました。そして今、これをフランスのレフリーにもたらし、さらには他の国々と協力関係を構築していくことは、興味深いことだと感じています」
さらに、「将来、もし私たちがルールを進化させることをワールドラグビーに提案する場合、普段から他の国々と協力体制を築き、一つの声となって話せば、各国が単独で話すよりも、確実にワールドラグビーに聞いてもらえるはずだと考えているからです」と他国との協力体制の重要性についても語った。
レイナル氏は、「田中勝悟氏(日本協会ハイパフォーマンス部門 部門長)と、両国間でレフリーのための定期的な交流について話し合う予定だ」と言い、「我々もフランス人レフリーを日本のリーグワンに派遣してレフリーを務めさせる予定です」と相互派遣の計画にも言及。「毎年フランス人レフリーをリーグワンに派遣してレフリングさせ、日本のレフリーを私たちが受け入れるようになること」を目標に掲げ、二つの協会間の交流を継続させたいという強い意欲を示した。
フランスでの滞在を終えた古瀬レフリーは、この後も国際試合でアシスタントレフリーを務める予定だ。今週末はスコットランドのマレーフィールドで行われるスコットランド対アメリカ戦(現地時間11月2日)、そして翌週はイングランドのトゥイッケナムで行われるイングランド対フィジー戦(現地時間11月8日)に臨む。フランスで得た経験を携え、世界の舞台でのさらなる活躍が期待される。
