トゥーロンがプレーオフに帰ってきた。2017-2018シーズン以来、6年ぶりの進出だ。2010年代前半、ジョニー・ウィルキンソン、バッキース・ボタ、マット・ギタウら、世界のスーパースターが居並ぶ銀河系軍団と呼ばれ栄華を極めたこのクラブにとって、他のクラブが戦う決勝トーナメントをテレビで見なければならなかったこの6年は長かった。
現在のチームを構成する『ポスト銀河系世代』の選手たちにとって初めてのファイナルステージになる。時にはクラブの栄光の歴史を重く感じることもあっただろう。
2013、2014、2015年と欧州チャンピオンズカップ3連覇、さらに2014年はトップ14と2冠に導いたベルナール・ラポルト ヘッドコーチ(以下、HC)がフランス協会会長に就任するため2016年に退任し、翌年はディエゴ・ドミンゲス、マイク・フォード、リチャード・コカリルと目まぐるしくHCが代わった。
その後就任したファビアン・ガルチエは1年で解任。2018-2019シーズンからは、ラ・ロシェルをトップ14に昇格、上位に定着させた実績を持つパトリス・コラゾにクラブ再建が託された。
フランス人若手選手を育て、メイド・イン・トゥーロンのチーム作りを目指したが、すぐに結果は出ない。サポーターから、コラゾHCの采配に対する不満の声があがった。
2020年2月に、外国人スター選手を集めて常勝軍団を作ってきたムラッド・ブジェラル氏が会長職を降りた。「トゥーロンを世界から注目される街にしてくれた」とサポーターが今でも感謝する存在で、その時代を象徴する人物がクラブを去ったのだ。
後任のベルナール・ルメートル氏は、未来を見据えてクラブ経営の立て直しに取り組むが、成績低迷に対する不満が会長にも向けられるようになる。
2021年10月、トゥーロンは13位になった。降格ゾーンだ。
サポーターの「コラゾ退任」を訴える声がさらに大きくなる。チーム内でもコラゾHCのマネージメントに不満を訴える選手が出てきた。
コラゾHCは退任し、フランク・アゼマがクラブ再建と若手育成を引き継いだ。またアゼマHCは定期的にサポーターの代表者と話し合いの場を持ち、彼らの話に耳を傾け、サポーターとの和解にも取り組んだ。
戦績は、チャレンジカップでは決勝進出を果たし、トップ14は8位まで盛り返しシーズンを終えた。
翌年、ピエール・ミニョニが帰ってきた。
ミニョニはベルナール・ラポルトの下で欧州3連覇を達成した男であり、トゥーロン生まれ、スタッド・マヨールから徒歩10分ほどの地区で育った生粋のトゥーロンっ子で、サポーターは親しみを感じている。アゼマとミニョニの二頭体制となり、この年からようやく落ち着いて育成システムの構築に取り掛かる。
また、サポーターとさらに繋がろうと、Twitch上で『コーチの時間』と題して、ミニョニとアゼマのどちらかが毎週ライブでサポーターからの質問に答える場を設けた。
そして今季、アゼマが家庭の事情で自身の古巣であり、家族が住んでいるペルピニャンにHCとして戻り、クラブ再建の舵取りがミニョニの手に委ねられた。長いシーズンを戦い抜くために不可欠な選手層の厚みづくりに取り組んだ。
シャルル・オリヴォン、ギャバン・ヴィリエールらのフランス代表だけでなく、ファクンド・イサ(アルゼンチン)、ダン・ビガー(ウエールズ)、ベカ・ギガシビリ(ジョージア)ら7カ国、13人の主力選手をワールドカップ(以下、W杯)で欠いた開幕の期間を若手選手の学習の場と利用した。
若い選手に出場機会が与えられた。またW杯ジョーカーとしてウエールズのレジェンド、アラン=ウィン・ジョーンズが加入し、フィールドの内外で若い選手にお手本を示した。
しかし効果はすぐに成績に表れない。2勝2敗で迎えた第5節、今季4連敗していたペルピニャンにアウェーで敗れた翌週、トゥーロンの町中に、そしてスタッド・マヨールにまで『15人の戦士が欲しい』と言うポスターが貼られ、クラブハウスには『経営陣は退陣しろ』と書かれた横断幕が何者かによって掲げられた。
一部の過激なサポーターによるものと見られている。今季の成績だけでなく、プレーオフに進出できなかった5年間の不満が爆発したのだ。
それに対しミニョニHCは、「15人ではなく、クラブのために戦う40人の戦士が僕はほしい」と応じながら、サポーターを話し合いに招いた。しかも毎月サポーターとのミーティングを実施しているクラブハウスの会議室ではなく、スタッド・マヨールの選手のロッカールームでおこなった。
サポーターにとってはまさに聖域である。ミーティングのために動画を準備し、そしてメモを取りながらサポーターの意見に耳を傾けるミニョニHCの真摯な態度に、出席したサポーターは満足し感激した。
選手が自己の限界を超えるようなパフォーマンスをするために、そしてクラブが生き残っていくためにもサポーターの協力が必要だということをミニョニHCは知っている。
成績も、試合を重ねるごとに成長を見せる若手選手と、W杯から帰ってきた代表選手が噛み合い始め、12月には2位まで順位を上げた。
12月9日、トゥーロンにとっては3年ぶりのチャンピオンズカップ第1戦。3連覇の過去を持つこのクラブにとって格別な大会だ。
しかし、この試合でSHバティスト・セランを負傷で失う。セランが不在の間、13試合で2勝しかできなかった。チャンピオンズカップは予選敗退、トップ14は8位まで順位を下げた。「セラン依存症」と言われるほど、セランはチームを操縦する頭脳であり、チームにエネルギーを巡らす心臓なのだ。
セランが復帰した3月23日のモンペリエ戦から見違えたように調子を上げ、6勝2敗、3位でレギュラーシーズンを終えた。
シックスネーションズ中にモンペリエからトゥーロンに移籍したイタリア代表SOパオロ・ガルビシの最初のトゥーロンでの試合の対戦相手は皮肉にもモンペリエだったが、ガルビシはしっかりチームに溶け込み、攻守で勢いを与えた。最近では、セランに変わってプレーの判断をしている場面も見られ、セランの負担も軽減できる。
成績が上がると観客も戻ってくる。その後ホームでおこなわれたのは2試合だけだが、どちらもチケットは完売。マルセイユのスタッド・ヴェロドロームに会場を移して開催されたトゥールーズ戦では6万2000人を動員した。選手の士気も上がる。
終盤戦を戦い抜くためにミニョニHCが仕組んだことがもう一つある。
FLシャルル・オリヴォンが、シックスネーションズを終えてからはNO8でプレーしている。「グラウンドの中央でプレーさせ、アタックでもディフェンスでもさらに影響力を発揮してもらいたい」と言うミニョニHC。
「これまでよりもカバーできる範囲が広くなった。ハイボールを取りにいくこともできる。ボールもこれまでよりも持てる」と本人も楽しんでいる。
このポジション変更は、昨シーズン終了から、苦い結果となったワールドカップ、そしてクラブに復帰と、切れ目のなかった長いシーズンを過ごすオリヴォンにとって良かった。
マンネリに陥りがちな日常に刺激を与え、新たなモチベーションを与えている。
ミニョニHCは未来も見ている。
トゥーロンは『RCT PASSION』と銘打ったラグビー&ソーシャル・プログラムを実施している。RCTはラグビー・クラブ・トゥロネ(Rugby Club Toulonnais)の頭文字、Passionは情熱だ。
例えば、地域のアマチュアクラブをクラブハウスに招待し、プロの練習を見せた後、コーチ向けセミナーを開催している。
月に1〜2度、選手やコーチが地域のラグビースクールの指導に行く。あるいは、子どもたちを試合に招待する。選手が入院している重病の子どもたちを慰問したり、困難な地区の子どもたちにラグビーを教えに行くこともある。
「もらうのではなく、与えることが目的。お金をばら撒くのではない。ジャージーやビブス、ボールなどの備品や人材を提供する。私たちの能力を使って人々の役に立てることをするのだ」
さらに「今年から始めたプロジェクトがある」。『RCT PASSION 学校編』だ。
毎週月・火・木・金曜日、クラブのジュニア部門の中学生に対する指導を届ける。彼らが通っている中学校から3校を練習場所に選び、そこへトゥーロンのコーチが指導に赴く。午後3時に授業が終わるとそれぞれの中学校にミニバスが迎えに行き、練習が終わるとそれぞれの中学校まで送る。フランスでは初めての試みだという。
そうすることにより、子どもは6時半には帰宅し、学校の宿題をすることができる。フランスではこのカテゴリーの練習が始まるのが午後6時、時には7時。練習を終えて帰宅するのが9時を過ぎることもある。
そこから学校の宿題をすると睡眠時間が取れなくなり子どもたちは疲れてしまう。もしくは勉強が疎かになり、どちらにしても親としては安心できない。
またトゥーロンには地下鉄がなく、練習には親が車で送迎することが多い。送迎バスがあれば親の負担は減る。
「まず勉学で成功すること。子どもが元気でいること。そして親御さんに安心してもらうこと。そうすることによって、子どももラグビーを続けやすくなる」と言い、「時には練習の代わりにトゥーロンの街について学ぶような時間を設けてもいい。バスケットボールやハンドボールのように他のスポーツをするのもいいでしょう。これはスポーツと教育のプログラムなのだから」とミニョニHCは構想を膨らませる。
そしてラグビー・クラブ・トゥロネの哲学も伝える。
「5年後、ジュニアの選手たちがどのように成長しているのか見るのが楽しみだ。全員がプロになるとは思っていないが、そのうちの数人が、プロのラグビー選手になるための技術、フィジカル、メンタル、そして教養の面でも、より準備できた状態に育ってくれれば」とミニョニHCはこのプロジェクトに期待する。
「今の世の中、誰もがスマホを持っている。スマホでたくさんの情報を得ることができる。素晴らしい道具だ。でもスマホに集中し過ぎて、近くにいる人とコミュニケーションをとることを疎かにし、距離を作り、時には混乱が生じている。そんな世の中だから、社会的、教育的価値が求められる。このプログラムで、子どもの教育に貢献し、ひいては社会に貢献することが目的だ。これは今日のラグビークラブの存在意義でもある」とまで言う。
トゥーロンというラグビーが根付いている街でも危機感を感じているのだろうか?
「確かに、ここはラグビーの文化がとても強い。でもそれだけでは足りない。こういう様々なアクションを通じて、意義を与え、人と人がつながる価値を創る。そうすることによって、サポーターではなくても、このクラブに好感を持ってくれる人が増える。それが大きな違いを生む。だから時間をかけてでもこういう活動をしていかなければならないのだ」
闘将ミニョニが率いるトゥーロンが、どんな歴史を創っていくのか楽しみである。
「クラブにとっても、今の若いチームにとってもプレーオフ進出はとても重要なことだった。過去から受け継いだレガシーは少し重たかったが、いまの選手が、ようやく彼らのやり方で彼らの歴史を書けるようになったことを誇りに思う。みなさんにも過去ではなく、このチームを見て、そして未来を見てほしい」とミニョニHCは訴えている。
この週末(6月15日)はラ・ロシェルをホームに迎えて準々決勝。ぜひともスタンドを埋めるサポーターと準決勝進出の喜びを分かち合いたいところだ。
ラ・ロシェルも今季は主力の負傷・不調・不在で苦労したが、主力が揃い、ようやく調子を上げてきており激しい戦いが予想される。
先週のスタッド・フランセ戦(6月8日)は前半にミスが続き、後半追い上げるも及ばずに20-23で敗れて悔いを残した。
このパフォーマンスのムラをどう抑えるかが勝利の鍵となりそうだ。