まさにブラックマンデーだ。
フランス代表SOロマン・ンタマックが、9月8日から始まるワールドカップ(以下、W杯)を欠場することが発表された。
ンタマックは先週(8月12日)おこなわれたスコットランド戦で左膝の痛みを訴え途中交代していた(55分)。
試合後の会見でファビアン・ガルチエ ヘッドコーチ(以下、HC)は「膝の過進展だ」と言っていたが、週が明けて月曜日にMRI検査を受けた結果、左膝前十字靱帯断裂と診断された。
あまりにも衝撃が大きい。
自国開催のW杯開催まで1か月を切ったいま、フランス代表は最も大きな戦力の一人を失った。アントワンヌ・デュポン(SH)、グレゴリー・アルドリット(NO8)、ガエル・フィクー(CTB)、そしてロマン・ンタマック(SO)はこのチームにとって必要不可欠な選手だ。
フランスは悲願の初優勝に向けて、エースの一人を欠いた状態で今大会に挑むことになる。
もちろんラグビーは15人でプレーする競技だ。それでもこの損失はあまりにも大きい。
2年前は、「フランス代表の10番はジャリベールか、ンタマックか?」とファンの間で議論されていた。自由奔放でクリエイティブなプレースタイルのジャリベールに対して、己を消して冷静にゲームコントロールをするンタマックが比較されていた。
しかし、その議論はある日を境に消えてしまった。
2021年11月20日、スタッド・ド・フランスでの対オールブラックス、63分だった。NZが10分間で3トライをあげ、27-25と点差を詰めてきていた。
NZの攻撃は続く。ジョーディー・バレットが蹴り込んできたボールをインゴールで捉えたンタマックはグラウンディングせず、そのまま持って走り出した。
リッチー・モウンガを払いのけて加速し、ジョーディー・バレットを置き去りにした。
フランスはボールを繋いで100メートルを駆け上がる。NZゴール前でカメロン・ウォキが捕まりラックとなるもペナルティを得る。黒衣のアーディー・サヴェアはシンビンとなった。
「品格、冷静さ、卓越した技術、そして大胆さ!」とフランスのTV中継の解説が叫んだ。それがロマン・ンタマックだ。
フレンチフレアを体現している選手なのだ。
その試合はそこからフランスに流れが戻り、40-25で勝利した。
「この試合で、このフランスチームは素晴らしいことができるんだという意識を持ち始めた。それまで応援してくれていた人たちも、さらに僕たちが大きな仕事ができると信じてくれるようになった。チームの意識が変わるきっかけになった試合だ」とンタマックは話してくれた。
そして昨年シックスネーションズでの全勝優勝。それ以来、「10番」はンタマックのものとなった。トゥールーズでもデュポンとコンビを組み、お互いを熟知し合っている。「同じ絵が見えている」と言う。
「ダイナミックな活躍でスポットライトを集めるデュポンに対し、ンタマックはプラグマティック。異なるタイプの二人が補完し合い、それがさらに力を生んでいる」と代表でもトゥールーズでも2人とプレーした元フランス代表WTBヨアン・ユジェが言うように、ンタマックの冷静なプレーがあるから、デュポンの自由で天才的なプレーがさらに生かされる。
フランス語でHBのことをシャルニエール(charni?re)という。「蝶つがい」という意味だが、さらに「枢軸、中心点、要(かなめ)」という意味がある。
プレーの中心となり、FWとBKというまったくプロフィールの異なる2つのグループを繋ぐ役目であり、チームの要なのだ。
長い間、フランス代表はこの要を探していた。10年間で30組以上のペアが試され、ようやく現れたのが、デュポンとンタマックのコンビだ。2019年2月のスコットランド戦で初めて代表でコンビを組み、今年2月のイタリア戦で22回目のコンビを組んだ(スターティングメンバーのみカウント)。
モルガン・パラとフランソワ・トランデュックの21回の記録を破り、フランス代表史上最多記録を更新している。
現フランス代表の顔であり、頭脳であり、心臓で、ガルチエHCのゲームプランそのものだった。
ンタマックを失ったいま、戦術も大きく見直さなければならない。ホームのサポーターの前でエリス杯を掲げるために周到に準備をしてきたフランス代表チームにとっては大きな打撃だ。
そして何より、自国でのW杯で優勝することを夢見てずっと努力を続けてきたンタマック自身にとって、どれほど残酷なことだろうか。
昨季序盤に負傷。秋のテストマッチで復帰したものの、彼本来のレベルではなく批判を受けていたが、その後調子を上げてきていた。
6月のトップ14決勝では、残り2分で逆転トライを決めてラ・ロシェルを降しチームの優勝を決めた。
W杯に臨む準備はできていた。10月28日にも同じスタッド・ド・フランスで、彼の活躍がフランスに優勝をもたらしてくれると夢見ていたサポーターは多い。
フランスのサポーターだけでなく、世界中のラグビーファンが彼の今大会での活躍を楽しみにしていたことだろう。
彼のW杯欠場が報道され始めると、『X』(元ツイッター)のフランスでのトレンドに「Romain Ntamack(ロマン・ンタマック)」が入った。少しして「I’ll be back」と本人の投稿があった。
「4年間この大会を目指して戦ってきて、直前でその夢が消えてしまうのは悲しいこと。消化するのに少し時間が必要。でも、どんな状況でも戦おうとする強い心が彼にはある。ちゃんと復帰してくれると信じている」と父のエミール・ンタマックは息子を信じる。
「次のW杯に出場するために戦うだろうが、もうフランスで(の開催)はない。だからどうする? 運命を恨んでウジウジしていても仕方ない。W杯は行われ、一緒にチームを作ってきた仲間が戦う。彼らをとことん応援する」
決勝戦のスタッド・ド・フランスでレ・ブルーを応援しているロマンを見ることができるだろうか。
まずは彼の心と身体の回復を祈りたい。