10か月前、リヨンのゲームキャプテンとして、また個人の左膝の負傷からの復帰戦として臨んだ自身の古巣であるトゥーロンとの試合で、試合開始4分でグラウンドに崩れ落ちるように倒れた。
両脚の大腿四頭筋断裂と診断され、ラグビー選手としての復帰は危ぶまれていた。
手術を受けリハビリを続けていたが戦列復帰することなくリヨンとの契約は終了し、この夏のプレシーズンからトゥーロンでトレーニングを続けていた。
トゥーロンのベルナール・ルメートル会長、コーチ陣、そして本人の合意のもと、メディカルチェックとフィジカルチェックで基準に到達することができればトゥーロンに入団するという条件だった。
それは本人の希望でもあったし、また今季リヨンからトゥーロンに移籍したピエール・ミニョニ共同ヘッドコーチ(以下HC)によるところが大きいと言われている。
特に期限を決めず、慎重に様子を見ながら少しずつトレーニングの負荷を上げていった。
1か月ほど前からチームのラグビートレーニングにも参加し、先週9月15日にバスタローが正式にトゥーロンと選手として契約したことが発表された。
「マチューは他に類を見ない自己犠牲の精神で自身の本来の身体能力を取り戻した。彼の経験とリーダーシップで、チームを落ち着かせ導いてくれるだろう。マチューをチームに迎えられて嬉しく思う。また彼にふさわしい現役キャリアの最終章を贈りたい」とルメートル会長はコメントしている。
正式な入団発表があり、この週末のホームスタジアムのスタッド・マヨールでのクレルモン戦でトップ14復帰かと期待されたが、前日に発表された23名のメンバーの中にはバスタローの名前はなかった。
ところが、試合当日(9月18日)、試合会場に到着したトゥーロンのチームバスから先頭に立って降りてきたのはバスタローだった。試合メンバーのTシャツを着ている。その姿を見てメディアもサポーターも一斉に盛り上がった。
「先頭に立ってバスから降りたのは、この日のゲームキャプテンのバティスト(セラン)のアイデアで、個人的にはブライアン・アライヌウセやシタレキ・ティマニ(身長2メートル超えのロックの選手)のうしろに隠れていたかったんだけど」と照れくさそうに話す。
バスから降りてサポーターの花道を通り、スタジアム脇にある小さな階段を上って3年ぶりにスタッド・マヨールのホームチームのロッカーに入る。チームメートやコーチ陣の顔ぶれは大きく変わったが、グラウンドから聞こえてくるアナウンスの声、サポーターの熱気はかつてと変わらない。
そして試合前に行われるトゥーロン名物の『ピルピル』(トゥーロンのサポーターがチームを鼓舞するために行うチャント)も。カメラは『8』の背番号をつけたバスタローを捉える。
10か月前に両膝を負傷したのも、このスタッド・マヨールで『ピルピル』を聞いた後だった。ミニョニ共同HCが「昨年リヨンで復帰した時よりもずっといい状態だ」と前々日の会見で言っていたが期待と不安が入り交じる。
キックオフの笛が吹かれる。バスタローを目で追ってしまう。ラックに入り、スクラムを押し、8-9のコンビネーションもこなす。タックルにも行く。開始10分後、ボールを持ったクレルモンの元オールブラックスCTBジョージ・モアラに激しく絡んでジャッカルに成功した。
「このジャッカルは自分に対するテストのようなものだった。うまくいってよかった。劣勢になっていた時間帯だったから、これでチームを落ち着かせることができた」とバスタローが試合後振り返った。
元CTBのバスタローはキックも使って陣地を回復する。常に攻めの姿勢でチームを前に進めた。49分、元イタリア代表NO8セルジオ・パリッセと交代した。
2020年12月に左膝を負傷してから20か月以上のブランクがあったとは思えないパフォーマンスだった。時折笑顔すら見せた。
終盤1点差に追い詰められるが、30-29でトゥーロンが勝ち切った。
「まずチームが勝利できて嬉しい。先週トゥールーズに大敗したので立て直す必要があった。トゥールーズ戦で欠けていたアグレッシブさが出せた。個人的には再びグラウンドに帰って来られて、スタッド・マヨールの芝生の上に立てて幸せ。ここまで遠かった。強い感情が込み上がってくる。フィジカルはいい感じだったが、感情を抑えるのが難しかった。でも今は年齢を重ねて経験もある。気持ちを抑えて自分の仕事をすること、そしてチームと若い選手を助けることに集中した」と試合後の会見でバスタローは。
ミニョニHCは「見事だった。復帰第一戦でこのレベルのマチュー(バスタロー)を見られてとても誇らしく思う。彼が復帰できると思っていた人はほとんどいなかっただろう。チームにもいい影響を与えてくれた。これからさらに調子を上げていくだろう。それにつれてチームの調子も上っていく」とバスタローを讃え、今後の活躍にも期待する。
若いチームになったトゥーロンに足りなかった「経験のあるリーダー格の選手」が加わった。トゥーロンにとって、またバスタローにとって美しいシーズンにすることができるだろうか。今季のトップ14の楽しみが増えた。