「レフリーが試合終了の笛を吹いた瞬間、『これは現実?』と思った。信じられなかった。いろいろな感情が混ざっていた。喜び、誇り。フランス代表で経験した苦境の時代のことも思い出した。たくさんのことが頭をよぎった」
シックスネーションズ最終節でイングランドを25-13で降し、グランドスラムで優勝を達成した後にこう語ったのはフランス代表CTBガエル・フィクーだ。
「結果より、試合前、試合中、試合後のスタッド・ド・フランスの空気が素晴らしかった。全員が一つになっていた。最初から最後まで応援してもらっているのを感じられた。こんなの初めて。勝てたのも嬉しいけど、子どもも大人もみんな幸せな顔をしていることがもっと嬉しかった。使命を果たした気分。僕たちは彼らのためにプレーしているのだから」
トゥーロン近郊のセーヌ・シュール・メールで生まれ、子どもの頃はサッカー選手を夢見ていたが、兄に勧められてラグビーを始めたのが9歳の時。その後、15歳でトゥーロンのユースチームに入団、フランスラグビーの未来のスターと期待されていた。しかし、その頃のトゥーロンではマット・ギタウ、マチュー・バスタローなどスター選手がCTBでプレーしていてここでは試合に出る機会はなかなか巡ってこないだろうと、トゥールーズのエスポワール(プロ契約の前の若手チーム)に移籍、その年にトップ14デビューも果たした。
スピード、キレのあるステップ、優れたアタックセンス、そしてフィジカルもあり、初年度から26試合プロの試合に出場。その年のU20のシックスネーションズで2試合に出場した後、シニア代表に急遽招集され代表デビューしたのが2013年、まだ18歳だった。
それから9年たち、選手としても人としても成長した。個人技で魅せる選手から、チームプレーに徹するリーダーになった。「ラグビーは団体競技。チームメイトを輝かすことで自分も輝くことができる。全員で状況を読み取り、その状況を最大限活かしてチームに有利にし、チームをより強くすることが目標。デビュー当時は個人で攻めようとしていたけど、自分のプレーの幅を広げてチームの役に立てるコンプリートな選手になりたい」と言う。
ここという時の攻撃力も見せてくれる。イングランド戦の開始15分のフィクーのトライは少し硬くなっていたチームを解放した。スコットランド戦のフィールドを横断したトライはファンを沸かせた。
積み重ねたキャップの数は71。現在の代表チームの平均キャップ数を引き上げている。まだ28歳だが若いチームメイトのパパ的な存在だ。ディフェンスキャプテンに任命されている。
2019年ワールドカップまでウェールズ代表のディフェンスコーチだったショーン・エドワーズは、フランス代表コーチに着任してまずフィクーに会いに行ったと言う。「彼にディフェンスキャプテンになってほしいと頼みに行った。引き受けてくれてホッとした。ウェールズのジョナサン・デーヴィスやジェイミー・ロバーツのようにチームメイトを率いるリーダーになってほしい。彼は素晴らしいディフェンスキャプテンになってくれる」とエドワーズは確信する。
その8年前、エドワーズはイギリスのザ・ガーディアン紙のコラムで「私は未来を見た。彼は走り、タックルし、トライをする。彼の名はガエル・フィクー」と書いていた。フィクーがU18の試合に出ていた時の模様だ。
エドワーズの期待に応えるように、フィクーはレ・ブルーのディフェンスをリードし、率先してジャッカルのような影の仕事もどんどんする。いてほしい所にいてくれる。
フィクーと同じように代表チームの苦境の時代を知っているウイニ・アトニオやロマン・タオフィフェヌアと、「こんな瞬間を生きることができて僕たちはついている」とよく話す。
「グランドスラムはすごいことだけどゴールではない。頂上まであと1年半。でも、その頂上はまだ遠い。これまで通り謙虚に努力し続け、新たなステップを登っていかなければならない」