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ジェローム・カイノ、やり遂げた。オールブラックス81キャップからの新たなチャレンジ、有終の二冠

2021.08.28

B Kよりも速く、LOもできるバックローワー。7人制と15人制の代表を行き来した時代もある(Photos/Getty Images)

 フランス・トップ14のトゥールーズに所属していたニュージーランド代表FLジェローム・カイノ(38)。昨季のトップ14決勝を最後に、現役としてのキャリアに終止符を打った。2011年、2015年と2度の世界チャンピオンに輝き、オールブラックスで獲得したキャップは81を数え、トゥールーズでは2018シーズンからプレーしていた。

 2015年のワールドカップ連覇達成後、4年後の大会も目指していたが、リアム・スクワイアら若手が台頭。「コーチから言われるまでもなく、2019年に自分はここにいることはないと気づいた」

「彼のプロ意識の高さに感心した」

 同じころ、トゥールーズはチーム変革期を迎えていた。2015年、20年以上チームを率いてきたギー・ノヴェスから現在のユーゴ・モラにHCが交代。黄金時代を築いた選手も引退、会長および経営陣も新たになり、若手を主体としたチーム再建に取り掛かっているところだった。カイノの年齢を懸念する声もあったが、「2度ワールドカップで優勝した経験を持ち、若い選手の模範になってくれることを期待して決めた」とディディエ・ラクロワ会長は言う。

 カイノは35歳でトゥールーズに入団。現地に到着後、初日の朝、誰よりも早くウエイトルームに来て、早速SCコーチと相談して作った彼用のトレーニングメニューに取り掛かっていた。

「彼のプロ意識の高さに感心した」とモラHC。「彼のような選手がチームにいるのは、コーチにとって幸せなこと。ピッチ上にもコーチがいるようなもの。カイノ、ファウムイナ、デュポン。彼らはラグビーを生きている。ラグビーを食べて、ラグビーで眠り、ラグビーを語る」

2021年5月。チームの中心で欧州チャンピオンズカップを掲げるカイノ(Photos/Getty Images)

 カイノは「スタッド・トゥールーザンを本来あるべき場所に戻す手助けをしてほしい」という期待に応え、1年目でトップ14優勝、翌年はコロナウイルス感染拡大のためリーグが中止になったが、2021年は、ヨーロピアンカップとトップ14の二冠を達成した。

 彼の存在が貴重なのは、彼が成功の脆さも知っているからだ。アルコールの魔力と名声の心地よさに溺れた時期があった。

「バスを降りる時は、乗る前同様キレイな状態に」

「自分は何があってもパフォーマンスが落ちるわけがないと思っていた」。ブルーズで試合メンバーから外されたが、「何が悪いのか理解できなかった。バーで人々の羨望の眼差しを感じるのが楽しかった。これがオールブラックスの選手の生活だと思っていた」

オールブラックスのグラハム・ヘンリーHCからも忠告され、チームから外された。親友のケヴィン・メアラム(元オールブラックスHO)からたしなめられるが、どちらも効果はなかった。最終的に妻のダイアナから「あなたは誰の役にも立っていない」と厳しく言われ目が覚めたと言う。

そこから立ち直り、現在のジェローム・カイノがある。だからこそ、今、成功の波に乗ってフランスラグビーの黄金世代になろうとしている若い選手たちに、栄光の光と影について伝えることができるのだ。

妻のダイアナさんと。写真は2016年(Photos/Getty Images)

 2019年にトップ14で優勝しトゥールーズ市内をパレードした後、選手たちは全員バスを降りて市庁舎に入った。しかしカイノの姿が見当たらない。1人バスに残って掃除をしていたのだ。それに気づいた若い選手たちが慌てて手伝いに行った。スタッド・トゥールーザンがバスを降りる時は、バスを乗る前同様キレイな状態にしておきたかったのだ。このようにグラウンド外でも常に模範を示してきた。

「ジェロームの存在はとても重要。少ない言葉で多くを伝える。オーラやカリスマのような目に見えないパワーとエネルギーを発している」とモラHCが言うと、「そんな風に言ってもらえて嬉しい。でも、僕もチームにいる才能に溢れた若い世代から熱いエネルギーをもらっている」とカイノが返し、すると「みんなカイノについて行っている。彼の発する少ない言葉を忠実に実行している」とSOロマン・ンタマックが続ける。

指導はエスポワールからスタート。「この夏休みはフランス語の勉強だ」

 「現役時代に最も影響を受けたコーチは?」と聞かれると、「オールブラックスのスティーブ・ハンセン、グラハム・ヘンリー、ウェイン・スミス、マイク・クロン、そしてブルーズのパット・ラム。彼らはコーチとして優れているだけでなく、人間としても素晴らしい。でも、彼らの真似をするつもりはない。まず自分が積み重ねてきた経験を振り返って整理してから、若い選手に伝えていきたい。おしゃべりは得意ではないけど、コーチになったらそこは変えていかないと。この夏休みはフランス語の勉強だ」と言っていた。

 グラウンドを離れると、フランスという国、その文化、料理を発見することを楽しんでいる。また「2時間あれば、スペイン、ドイツ、イギリスへも行ける。まるで世界の中心にいるようだ。NZでは考えられない」と地の利も満喫中だ。

 トゥールーズの他のコーチと同様に、カイノもエスポワール(アカデミー)のコーチからスタートする。8月21日にトップ14のクラブチーム対抗のセブンズの大会がトゥールーズで行われ、出場している選手の多くはエスポワールだった。スタンドには、トゥールーズの試合をじっと見まもるカイノの姿があった。