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【コラム】避密の時代、部員1名からの復活校は、次の目標へ

2021.07.08

リハビリ中のキャプテンがマネージャーに練習の指示を出す。リーダーシップは監督から選手たち自身へ、着実に移行している(撮影:BBM)

「トライ取れるのが楽しい。ラグビー部にしたのは、部員勧誘が面白い感じだったから」

中学までは江東区の中学で野球をやっていた畑井俊希さんは、入学した正則高校で楕円の輪に加わった。空手もやっていたので接触プレーには抵抗がなかったが、この部の一番の魅力は楽しげな空気だったという。新入生は11人(6月時点)。学年の生徒数そのものが比較的少ない今年、ラグビー部としてはまずまずの「戦績」だ。部員はマネージャーを含めて36人になった。

◆感染対策のため部活中も個人の水筒が使われている。これがもう日常

楽しい空気には理由がある。部員獲得に努めてきたこの部は、およそ10年間のサバイバルストーリーを背負っている。ある時、部員は3年生が一人っきりにまで減った。そこに1年生が1名加わったことで生き延びた。合同チームでの奮闘を経て、2019年、単独チームに。2020年12月には、新人戦で単独復活後、初となる勝利を叶えた。ありそうで、なかなかない話だ。快挙の土台には、部員不足の危機に向き合い続けたもがきの時期がある。その経験を貫いていたのが、まず、楽しくやろうというチームのトーンだった。

「もちろん、楽しさにもレベルがありますよね。ただ、うちの部が今あるのは、こんな狭いグランドでも、いつも楽しそうに部員が走ってた–シンプルにそれが、続いてきた理由だと思います」(宇田尊聖監督)

東京タワーの麓、ビルに囲まれたテニスコート2面ぶんの小さなグラウンドで、アーモンド型のボールで戯れる部員たちの笑顔が、下校時の一般生徒たちを引きつける。取り組む姿そのものが、部の売りだ。

 そのチームが、今春また前進を遂げた。

1年生11人(うち女子選手1、マネージャー3)、2年生14人(マネージャー2人)、3年生11人の所帯になった(撮影:BBM)

 4月29日の東京都春季大会2回戦、27-12帝京高校。東京都ベスト16入りを叶えた。ベスト16は、「このチームが始まった時の目標でした」。過去形で語るキャプテン、PR朝島燎夏は、次のステップを見据えている。183㌢、116㌔の好漢(好選手はまだいる)。チームは長足の伸びを見せるが、その過程では大きな体で、大いに悩んだ。

「どうしたら、みんなの本気の本気を引き出せるだろう」「このチームは、どこへ向かうのが正解なんだろう」。監督、顧問、コーチ、同期、かわいい後輩たちからもサポートを感じているが、楕円球のキャプテンたるものどうしてか孤独といつも一緒だ。

 キャプテンになる前はシンプルだった。

「前の年の目標は、公式戦1勝でした。練習試合を含めて25試合やって、勝ったのが1回でした。僕らはもっと前に進めたい。都でベスト16と練習試合で勝率8割、という目標にしました。以前のOBの皆さんがつないでくれた部ですが、チームとしては、伝統のようなものが、まだ決まっていないチームだった」

 突き進むのみ。しかし、まだ17歳。それまで拠り所にしてきたものも、たびたび揺るがされた。「楽しさだけでは、勝てないスポーツだな」。そう思うようになった。

 最初に一つ階段を登ったと感じられたのは、昨冬の練習試合だ。新チームになって最初の練習試合は大東大一(全国優勝経験あり)に敗れ、2試合目の東高校戦で、なんと勝った。

「トライ数では2本-1本でした。うれしかった」。練習のグラウンドは、少しずつ熱が高まっていった。楽しさだけでは…と、踏み切り板を思いきり蹴ったが、実は、部員たちの笑顔は消えていない。キャプテンが、チームの成長のあとを振り返って続けた。

「自分たちで行動することが大事で。だんだん、今の2、3年生が一緒に動いてくれるようになって」

 自律と「楽しく」……。簡単に掲げられるが体現は簡単ではない。部員たちはそのチャレンジをDNAに受け継いで、自分たちのらせん階段を上っていく。

 血の通ったストーリーをもつチームは、やはりたくましい。

2020年末の新人戦は1回戦で六郷工科を倒す。単独復活以来初めての公式戦勝利を経験した。2回戦は都立青山と対戦予定だったが、感染拡大の影響で大会が途中中止。

2021年4月、春の大会では1回戦から、ドラマの連続になった。

 1回戦の最終スコアは、正則26-21都立日比谷。ラストプレーで何度もアタックを重ねて60㍍の前進をインゴールまで続けた。0-21から残り10分で追い上げ、ラストプレーでの劇的逆転。

 2回戦は27-12帝京。1年前には0-67で蹴散らされた相手を、最後の5分、2トライで突き放して破った。ベスト16の目標は春の段階で達成された。

 3回戦、0-60都立青山。新人戦で対戦ならなかった相手は、前年花園予選準決勝まで残った実力校だ。大敗だったが、チームはすっきりした顔で次に向かっている。

若い力が伸びた。2年生SH澤田流空(りく)は競り合いの1、2回戦におけるディフェンスの救世主。中学までのバスケから、2019年のW杯を体験して楕円の世界へ。ついこの間までタックルはからっきしだった。「FW(敵)も来るので」、当然だ。冬の間に外部コーチたちの教えを体に染み込ませ、4月、突然開花。「低く入れるようになったら、怖くなくなった」(澤田)。ラグビー部への入部は、はじめは家で反対に遭った。「ラグビーなんて、あなたがやったら骨折する」。これに対して繰り返した説得の言葉は「真剣にやります。全力でやるから」。1年後の今、細身だが体幹を使ってどんな相手にも踏み込んでいく背中は、味方を勇気づけている。

 3回戦で60点を取られた。それも潔く受け入れている。「日々積み重ねている練習の丁寧さ。その差が出ました」と宇田監督。「取り組みの違いです。もう一つは、試合のレベルが初めて、戦術の領域に入ったこと。相手は、うちの弱点を突くキックをとことん蹴ってきた。陣地を取られた後は、モールで押し切られた。モールだけで何本取られたでしょうか。流れの中でのキック処理、ラインアウトからのディフェンス。やってきたことは出せて、やってないところで取られました」(宇田監督)。

この4月は選手としての女子部員も加わった。大城梨紗はBK希望、「マネージャーの人に、一緒にと誘われたのですが」、自分がプレーする側に回った。ソフトボールからの転向だ。「小学生の時も、男子の中で女子一人だったので問題ないです。1年生のマネージャーもいるし」。「素手でやるのが新鮮だなと」。接触プレーに恐怖感はないという。自宅で兄を相手にパスの練習中、熱中しすぎて手を痛めた。それでも部活は休まない。「楽しいんで、問題ないです」

 部員一人の時代から、女子部員を迎えるほどになるまで10年も経っていない。合同チームから、単独への復帰、自分達の校名が入ったジャージでの「初」勝利、16強達成。朝島主将ら3年生は、合同チームからすべてのフェーズを体験している。やってきたことができて、これからやるべきことがはっきりしている。笑顔のチャレンジは続く。

          ◎

 公立、私立にかかわらず、ラグビーの推薦制度を持たない多くのチームは今、苦境に立たされている。ウイルス感染対策が年度をまたいで2周目に入り、平時の学校生活は生徒たちの記憶の彼方。部活離れが加速する中、実際の感染のしやすさ・しにくさの程度とは別にコンタクトスポーツは敬遠されがちで、ラグビー部に生徒が集まらない。B&Iライオンズ、アイルランドと堂々渡り合う日本代表のフィーバー、まもなく全容が見えてくる国内新リーグの幕開けの一方で、「ふつうの高校生」たちの楕円の輪がしぼむ流れにあるのは、とても危ない(中学部活も葛藤している)。

週末は河川敷のグラウンドで練習するが、平日はテニスコート2面の広さで90分練習。「環境のことを言ったら、うちでラグビーはできない」(宇田監督/撮影:BBM)

 人口密集、国土の200分の1の土地に国民の1割がひしめく東京ビル街の麓では、笑顔の周りにラグビーの花が小さく空に向かって咲いている。今年、来年と、全国各地で、季節が来れば同じ場所にまた花が開くか。残念ながら、わからない。高校生たちだけ、その傍らで何くそと踏ん張る先生方の力だけでは、どうにもならないことがある。ただ、新リーグ加盟のトップチームだけでなく、たくさんいるおとなの楕円人ができることはきっとある。「避密」の時代、カテゴリーを超えて、倒れそうな仲間のジャージをがっしりと掴み前に進むバインドが欲しい。

感染対策のため部活中も個人の水筒が使われている。2年生までの部員にとってはこれがもう日常(撮影:BBM)