ラグビーリパブリック

仏・女子1部リーグでプレーするトランスジェンダー選手。「ラグビーの力である多様性をジェンダーにも広げよう」

2021.06.04

NO8アレクシア・セレニスは女子1部リーグ所属のロンスでプレーする、フランスで唯一のトランスジェンダーの選手(写真提供:Lons Rugby Féminin Béarn Pyrénées)

 5月15日のトップ14、クレルモン対トゥーロンの試合のフィールドに、通常描かれている10㍍、22㍍の白いラインに加えて、レインボーカラーのラインが1本引かれていた。5月17日の国際反ホモフォビア・トランスフォビア・バイフォビアの日に合わせて、社会やスポーツ界におけるLGBT差別の問題について関心を高めるための活動の一環として行われたものだ。
 事前に選手、スタッフに行われたアンケートによると、75㌫が「ホモセクシュアルの話題には触れにくい」と回答したところから、ゴールラインから75㍍の位置にLGBTのシンボルであるレインボーカラーのラインを引き、「このラインを動かそう!」というメッセージが込められている。

 トップ14の主催団体であるLNRは、社会的責任活動として2020年から「ホモフォビアにタックルしよう」というキャンペーンに取り組んでいる。ラグビーのチームには様々な体格、性格の選手がいて、お互いの違いを受け入れることを学ぶ。そのラグビーの力である多様性をジェンダーの分野にも広げていこうというもので、来季からは各クラブのスタッフ、選手、養成機関に出向いてワークショップを開き、まず選手・スタッフの意識変革を行い、「話しにくい」とされているホモセクシュアルの話題に触れられるような環境づくりに長期的に取り組んでいく。

「グラウンドやチームでできることは、社会や会社でもできるはず。ラグビーの試合以外でも社会に貢献していくことが求められている。時間がかかるのは覚悟している。でも遅かれ早かれ始めなければならないこと」と担当者のアレクサンドル・ルブシェ氏は述べている。

 また2部リーグのファイナリストであるビアリッツは、来季のジャージースポンサーとして、「Grindr(グラインダー)」というLGBT向けのSNSアプリを運営している企業と契約したことを発表し、比較的保守的なラグビー界で斬新な動きとして話題になっている。

 5月17日の国際反ホモフォビア・トランスフォビア・バイフォビアの日には、フランス協会が「トランスジェンダーの選手のすべての公式戦への参加を認める」と発表した。性転換手術を受け、戸籍の上でも自らが選んだ性別がすでに認められている場合は、無条件で参加できる。まだ手術を行っていない場合は、戸籍で新しい性別が認められていること、また男性から女性に転換した場合は、過去12か月以上にわたってホルモン療法を受けていること、テストステロンの値が基準値を超えていないことなどが条件となっている。

「フランス協会は、人種、宗教、性別、またジェンダーで差別することなしに、ラグビーという同じ情熱で結ばれているすべての人々を受け入れることを幸せに思い、また誇りに思う。ワールドカップ自国大会まで2年、我々の競技においてマイノリティーへのリスペクトが守られるために、協調的、かつ断固としたサインを発信する」と声明を添えた。

 その10日後、現地のニュース番組に1人のラグビー選手がゲスト出演した。

 アレクシア・セレニス、フランス南西部、ポー近郊にあるロンスの女子ラグビークラブのNO8で、現在、女子の1部リーグでプレーするフランスで唯一のトランスジェンダーの選手だ。

 子供の頃はサッカーをしていたが、14歳で友人に誘われラグビーを始めた。その後は2部リーグのモン・ド・マルサンのエスポワール(アカデミー)に入団。「ここまできたら、プロを目指そう」と決意した1シーズン目に膝、足首と大きな怪我が相次ぎ、プロの夢を断念。「心に迷いがあったままプレーしていたからだ」と当時を振り返る。

「『男はこうあるべき』という社会のルールに従って、女性として生きたいという気持ちを埋葬してきた。でもシャンパンの栓のように、抑えても、抑えても、中から湧き上がってくる。毎晩、『一歩』を踏み出す勇気を持てなかったと後悔の念が押し寄せてきた」

33歳でロンスに加入したアレクシア(写真提供:Lons Rugby Féminin Béarn Pyrénées)

 2010年に、まず仲の良かった従姉妹と女友達に相談、翌年正月に「心の中では、私は女なの」と両親に告白した。保守的な家庭には衝撃が走った。父親は「精神科医に行って治療してもらおう」と言った。だが精神科医から「これは病気ではありません」と説明を受け、それからは家族もアレクシアの生き方を受け入れてくれるようになった。

 2012年からホルモン療法を受け、2014年に性転換手術を受けた。「やっと自分になれたと感じた。自分に自信が持てるようになった」。国民IDカードを新しい性別で申請した。2016年2月12日、待つこと18か月、ついにIDカードを取得し、法律上も女性として認められた。

 新しい人生が始まったアレクシアに、「モン・ド・マルサンに女子ラグビークラブがあるから、そこでまたラグビーを始めれば」と言ってくれる人がいた。「ラグビーは過去のものと思って諦めていたけど、再び火がついた」。すぐに問い合わせた。「新しいチームメイトには、自分の過去を知っておいてもらわなければと思っていた。するとキャプテンのジュリー・ラファルグが『あなたがこのクラブのジュニアチームで活躍していたこと、みんな知っているわ。全員あなたの味方よ』と言ってくれた」

 2年後には、1部リーグのロンスから声がかかった。「1部リーグでプレーできることになるなんて、思ってもいなかった。しかも33歳で!」と喜ぶ。「彼女はレベルが高い選手で、グラウンドでのファイトする姿勢、コミットメントの高さに目をつけていた」とロンスのフランソワ・ロンバール会長は話す。

 しかし2020年にワールドラグビーから「国際レベルの女子ラグビーへのトランスジェンダー女性の選手の参加を推奨しない」という声明が発表された。国内レベルの試合にも適用されるのではと不安になったアレクシアは、フランス協会にメールで問い合わせた。するとベルナール・ラポルト会長から「これは国際試合に限られたルールであり、国内レベルの試合には影響がない。今まで通りラグビーを続けられる」と返信が来た。さらに「ワールドラグビーの決定は差別的で独断的であると考え、フランス協会は反対の構えだ」と協会としての方針を示したという。

 ワールドラグビーが問題視している体格、力、スピードにおける男女の差に関して、身長1㍍78㌢のアレクシアは、「私より大きな選手もいるし、パワーやスピードもホルモン療法や手術をして以前の半分になっている。いま生きているのは、男子チームでプレーして身についた経験だけ」と言う。

 アレクシアと、最初は戸惑いながらではあるが彼女を支えてきた家族、そして彼女を両手を広げて受け入れたチームメイトの姿は、変わりつつある社会での新しいラグビーのあり方のヒントになるのではないか。

最後列、赤いヘッドキャップがアレクシア(写真提供:Lons Rugby Féminin Béarn Pyrénées)