「このバレンタインの日に、スポーツを、ラグビーを愛する人々に喜んでもらえれば嬉しい。それが我々の1番のモチベーションだった。今、ラグビーができなくなってしまっている人たちに、またスタジアムに行きたくても行けない子供たちに幸せと感動を届けたかった。我々のしていることに意義を与えたかった」
◆チームでのクラスター発生に伴い、自らのオフ場面の行動が取り沙汰されるガルティエ監督
2月14日、ダブリン。15-13でアイルランドを下した勝利後のインタビューで、ファビアン・ガルティエ監督は興奮気味に語った。
NO8グレゴリー・アルドリットゥは、「まだ実感がない。みんなとすべてを出し切ろうと言っていた。そして最後のアクションでボールを取り返すことができた。一年前は負けていたかもしれない」とチームの成長を喜んだ。
プレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれた、FBブリス・デュランはホイッスルが鳴った瞬間、グラウンドに泣き崩れた。
「今までのいろいろなことがこみ上げてきた。代表での思い出は幸せなことばかりではなかった。だからこの喜びを噛みしめたい」
デュランは2012年に初キャップを得たが、フランス代表は長いトンネルに入ったような、勝てない苦しい時期だった。2015年のW杯では、大会直前に一度もプレーしたことのないWTBにポジションを変えられた。本人もチームも戸惑ったまま、準々決勝でニュージーランドに13-62で敗れた。その後も代表に呼ばれていたが、2018年3月に膝靭帯を負傷して手術を受け、2019年の日本大会には間に合わなかった。
ガルティエが代表監督になり、若い世代を中心にチームを作ることを選択したとき、30歳のデュランが復帰するとは、誰も想像していなかった。昨秋のリーグと代表チームの「1人3試合」協定がなければ、チャンスも巡ってこなかっただろう。おとぎ話のようだ。
デュランも、彼の世代の多くの選手同様、チームが機能していない、「失われた世代」の1人だった。現代表チームのシステムは素晴らしく機能している。「このチームでプレーできることをとても幸せに思う」
アイルランド戦後の涙は、彼のこれまでの歩みを知るファンにも、チームメイトにも多くのことを伝えた。苦しい試合に勝ちきったチームの成長を見て、11年ぶりのグランドスラムを期待する声が高まった。
グランドスラムからグランドカオスへ
しかし2日後の火曜日、その希望に陰りがさした。PCR検査の結果、S&Cコーチが陽性反応を示し、翌水曜日の朝の再検査でガルティエ監督も陽性反応が確認された。続いてスクラムコーチのウィリアム・セルヴァット。
少しずつ不安が広がってきたが選手達は予定通りオフを与えられ、それぞれの自宅に帰った。金曜日に自宅で行った検査の結果、SHアントワーヌ・デュポン、WTBギャバン・ヴィリエール、CTBアルチュール・ヴァンサン、PRモアメド・アウアス、HOジュリアン・マルシャン、ラインアウトコーチのカリム・ゲザルの7人が陽性になり、チーム内にウイルスが蔓延していることが明らかになった。
そんな中、日曜日に陰性の選手と新たに招集された選手が、スコットランド戦の準備をするためにマルクッシ(代表チームの合宿地)に集められた。合宿所に到着後、すぐに検査した結果、キャプテンのFLシャルル・オリヴォン、LOロマン・タオフィフェヌア、PRシリル・バイユ、HOペアト・モヴァカ、FBブリス・デュラン、LOバティスト・プザンティの6人の陽性が確認された。合計16人。クラスターの発生だ。さらにスタッフ2名が「疑いがある」状態と発表があった(この2名については、その後の経過は発表されていない)。
密閉されたバブルの中で、厳しい感染予防のルールを守ってきたはずなのに、なぜ? 誰もが原因を探った。アイルランド戦前の合宿では31人の選手しか招集できなかったため、7人制代表の選手と合同でインテンシティーの高い試合形式の練習を行っていた。もちろん7人制の選手も陰性を確認してから合流している。
しかしアイルランド戦の前日に、7人制の選手に陽性反応が確認された。その人数は6人とも7人とも言われており、7人制代表は2月20、21日に行われた1年ぶりの大会になるマドリッド・セブンズを棄権することになった。
15人制代表のスタッフはそのことを知っていたはずだ。だが試合形式の練習を一緒に行った選手達が、なぜ濃厚接触者と考えられなかったのか? また、アイルランド戦後も、ホテルで祝杯をあげることをなぜ許したのか? もちろんマスクなどしていなかっただろう。選手達は、自分たちは安全なバブルの中にいると信じていたのだから。
医師でもあり、全代表チームの「Covidマネージャー」になっているセルジュ・シモン副会長は「タイミングがよくなかった。イギリス変異種だから感染力も強い。月曜日の検査で陽性反応が確認されたということは、そこから遡って48時間以内に感染したものと考えられる。その48時間には移動も試合もあり、お互いに接触する機会が多く、また陽性が2人いることもわかっていなかったので、拡大してしまった」とテレビ番組で釈明した。
また、「0号患者はS&Cコーチだということはわかっている。どこから感染したのか、科学的に特定することはできない。確かなことは、7人制の選手からではないということ。この週の陽性反応は15人制のグループ内での感染」と、「ミディ・オランピック」の自身のコラムに書いた。
これがスタッフ・選手の反感を買った。犯人扱いされたS&Cコーチは感染予防のルールを守っていたことを誰もが知っていたからだ。そしてこの怒りは、外出禁止のルールを破って出かけていたガルティエ監督に向けられた。彼がウイルスを持ち込んだかどうかは断定できないが、選手にグラウンドの内外で規律を守ること、模範的であることを要求する監督が、自ら規律を破ったのだ。大会開催のために、感染対策要綱を遵守すると誓って、フランス政府の信頼を得て、やっとの思いで開催にこぎつけた。その要綱をチームの頂点に立つ人間が破ってしまったとは。
スポーツ大臣は、要綱が守られていたかどうかを調査するよう、ベルナール・ラポルト会長に求めた。しかし会長は、かつて自身が監督だった頃のキャプテンだったガルティエをこれまでも全面的に支持している。
「ファビアン(ガルティエ)本人に聞いても破っていないと言っている。そもそも『バブルの外に出る』ってどういうことだ? 例えば、イタリアで選手達はマスクをして散歩に出かけていた。だからと言って彼らがバブルに穴を開けたことにはならないじゃないか」とラジオ番組で訴える有様だ。
月曜日に6人の感染が発表された後、火、水と新たな感染者は確認されず、「感染リスクはゼロ」と協会から声明が出された。水曜日からはU20の選手を10人招集して、コンタクトを含む練習を再開した。「U20の選手は、検査で免疫ができていることを確認した」とシモン副会長は発表している。協会のメディカル委員会に参加している感染症医のエリック・コーム氏が「安全を保証できる要素が揃っていないため、スコットランド戦を延期するように提言した」にも関わらず、この日に週末のスコットランド戦は予定通り実施されることが発表された。
木曜日の朝、新たに選手1人が陽性であることが、名前を伏せて発表された。前日に試合形式の練習をした選手全員が濃厚接触者と判断され、予定されていた練習は中止、全員がそれぞれの部屋に隔離され、スコットランド戦も延期されることになった。
この日、フランス国内の新たな感染対策措置を発表するジャン・カステックス首相の記者会見で、「クラスターを発生させたラグビーフランス代表に処罰を考えているか」と記者から質問され、「処罰を考える前に、何が起こったのかを正確に把握する必要がある。今週末試合ができなくなり、選手達はすでに罰を受けている。とても悲しんでいることだろう。本件はスポーツ大臣がフランスラグビー協会と協力して対応している。まず状況を分析して把握してからの判断になる」と答えた。
スポーツ大臣は、「ラグビー協会から感染対策要綱が提出され、これを遵守するという条件で今大会への参加のための渡航や練習を許可した。場合によっては、この許可を取り下げることもできる。感染した選手達は隔離されており、それぞれ所属チームのドクターが付き添っているから、ラグビーが原因で地域に感染拡大したと言われることはない。ただ、今大会の参加にあたって、我々は代表チームに特例を認めた。ラグビーだけに限ったことではなく、スポーツ全般に関わること。過ちがあったとすれば、スポーツ界全体で正していかなければならない」とテレビのニュース番組で述べている。
まず心配されるのは、感染した選手の健康状態である。アイルランドの選手に感染者が出なかったのは幸いだ。また、フランス協会の発表では選手達が無症状なのかどうかに触れていない。TOP14のクラブチームの発表では、症状がなければ「無症状」と記載される。回復してからの後遺症も気になる。
また、これだけの感染者を出したことで、参加を許可した政府からの信頼や、選手を送り出しているクラブチームからの信頼も、今まで通りではなくなっただろう。最初に感染者が出た後のマネージメントが疑問視されている。
ガルティエ監督とイバネスGMが代表チームを指揮するようになってから、メディアにもファンにも開かれた代表チームをアピールしてきた。だが、今回の一連の経緯は、代表チームのコミュニケーションがあまりにも不器用で透明性、信憑性、そして誠意に欠けている。
前節のアイルランド戦のテレビ中継のフランス国内での視聴者は約600万人、視聴率37.3%を記録している。これだけの人が代表チームの熱戦を観て、これからのガルティエ・ブルーのさらなる活躍に期待を膨らませたが、その期待も裏切ったことになる。せっかく人気を取り戻したところなのに…。
さらに懸念されるのが、選手とガルティエ監督の信頼関係だ。ガルティエ監督は、とても厳しく、選手に多くを求めることで知られている。今の代表チームにいる選手は、真面目で意欲的、向上心も熱意もあり、言われたことを素直に聞く。「チームのルールを守ります」という誓約書にサインもしている。だが、もし監督が外出したことが原因で、安全なはずのバブル内にウイルスが持ち込まれて感染拡大したとしたら、どういう気持ちになるだろう。常に感染リスクがあることは覚悟していたとしても、ルールを守らない人間、しかもそれが模範を示すべきトップのために、自分だけではなく、家族も危険にさらしたことになる。複雑な心境だろう。
スコットランド戦の延期が発表された翌日、2023年フランス大会のスケジュールが発表された。予想通り、開幕戦はフランス対ニュージーランドになった。トゥールーズで関連イベントに参加していたSOロマン・ンタマックが開幕戦についてこう述べた。
「自国開催のワールドカップを、いつの時代でも最強チームであるニュージーランドとの対戦で開幕できるなんて最高だ。世界中のラグビーファンが注目してくれるに違いない。プレッシャーも大きくなるだろうし、試合前には緊張や不安も感じるかもしれない。でももしかしたら人生最高の試合になるかもしれない。思いっきり楽しまなきゃ。しっかりと冷静に、そしてこんな試合ができる喜びを感じながら臨みたい」
また、代表チームの現状については、「何が起こっているのか知りたいから、代表のチームメイトと連絡を取っている。彼らもどうしていいのかわからなくて困っている。でもこんなことで代表チームの勢いは止まらない。これはラグビーとは関係ない。今後の試合でも、僕たちの志は変わらない。6か国対抗戦も無事に終えることができると信じている」と答えた。
いまの代表選手の特徴に、「若いが精神的に大人」ということがよく挙げられる。彼らなら今回の件も見事に乗り越えるだろうと感じさせる受け答えで、少しホッとした。
来週も6か国対抗戦はお休みになる。今回のマネージメントで修正されるべきところは修正して、選手の安全を最優先に、今後に備えてほしいところだ。