ラグビーリパブリック

フランスラグビー徒然。Novembre(11月)

2020.11.08

フランス代表ジャージーの背番号には、国内アマチュアチームの名前がプリントされ、番号の下には、それぞれの選手の出身チーム、自分を育ててくれたチーム名が書かれている。(Getty Images)


 今年1月にスタートした「ガルチエ・ブルー物語 シーズン1」。最終回第5話をようやく見ることができた。
 コロナウイルスの影響で中断されていたシックスネーションズは、10月31日に最終節が行われ、ファビアン・ガルチエ監督率いるフランスが35—27で勝利。総勝ち点でイングランドと並んだが、得失点差で優勝を逃した。

 コロナだけではなく、代表選手のリリースを巡って協会とリーグとの対立もあり、実現されるかどうか、ギリギリまでハラハラさせられた。
 通常、秋のテストマッチのための代表選手のリリース期間は4試合と規定されているが、夏のテストマッチが中止になったことを考慮して、リーグ側は5試合まで譲歩。だがフランス協会はワールドラグビーの後ろ盾を得て、リーグの承諾なしに6試合行うと発表した。

 一時は選手をリリースしないと言い出すクラブチームもあったが、最終的に「準備合宿には42人の選手が必要」というガルチエのこだわりを31人に変更、1人の選手がマッチシートに登録されるのは最大3試合までという条件付きでリーグも同意、両者間で協定が交わされた。代表合宿が始まるわずか3日前のことだった。

 ウィンドウマンスもリーグ戦が続くフランス。特にトゥールーズのように多くの代表選手を輩出しているチームにとっては、切実な問題だ。事実、11月1日のスタッドフランセ戦では、ケガ人もあり9人の新人を起用。結果は14−48で敗戦と、厳しい現実に直面している。

 前回のエディンバラを舞台にした第4話から237日間、待ちに待った最終回をレ・ブルーは優勝で飾ることは叶わなかったが、アイルランドに危なげなく勝ち、シーズン2への期待が高まる。
 試合後のインタビューで、アイルランド主将のジョナサン・セクストンから「試合前から、このフランスチームは、どこからでもトライを奪ってくるとわかっていた。まるでオールブラックスと対戦するようなもの」と賛辞を贈られた。

 選手たちは試合終了直後は優勝を逃して落胆していたものの、しばらくして円陣を組んだときにはすでに笑顔だった。
 円陣の中でキャプテンのシャルル・オリボンが話す。
「やっとみんな笑ったな。この笑顔を忘れないでおこう。これは大会の終わりじゃない。物語の始まりだ。滅多に経験できることじゃない。しっかり噛みしめて心に刻みつけよう」

 しばらく全員でグラウンドに残り、飛び跳ねながら歌う姿は、微笑ましくもあり、頼もしくもある。
 しかし、彼らの背景に映るのは、フィクションのように空っぽのスタッド・ド・フランスのスタンド。本来なら、歓喜する8万人のサポーターで大いに盛り上がったはずだった。
 


 9月から再びコロナウィルスの感染件数が増加し始めたフランス。10月からは増加のスピードが加速、1日の新規感染者数が5万を超える日もあった。10月21日、とうとうマクロン大統領がテレビ演説で、再び4週間ロックダウンを導入することを発表した。
 今回は、春に行われた時よりも規制が緩和されており、通勤は認められ、小中高校では通常通り授業は行われ、またプロスポーツの活動は無観客試合で継続されている。

 9月4日に開幕したトップ14は、事前のPCR検査で「1チームに3人以上陽性反応者が出れば試合は延期」というルールで行われている。
 11月3日現在、7節まで終了し、延期されたのは7試合。そのうち4試合は11月21, 22日に行われることになったが、トップ14だけでも試合数が多い上に、12月からはヨーロピアンカップも始まり、調整可能な週末は2月と3月の6ネーションズの期間に3つ残されているだけだ。

 6月25日の決勝のチケット販売が開始されたが、予定通り行われるかどうか、先行きは不透明だ。
 フランス政府が緊急事態宣言を来年2月16日まで延長することを決めたことからも、まだしばらく感染拡大が懸念される状態が続きそうだ。

 松島幸太朗が所属するクレルモンのプレス責任者、ヴァンサン・デュヴィヴィエが現状を話してくれた。
「今のところ、数人の無症状の感染者が出ただけ。だが、クレルモン=フェラン市内での感染者数が増加しているので、メディカルスタッフは検査の結果が出るまでドキドキしている。現在は週に1度、試合の3日前に検査が行われている。トレーニングや移動は通常通り行っており、クラブハウス内での食事も再開した。もちろん、選手もスタッフもとても気をつけているし、グラウンド以外ではマスクを着用している。こんな大変な状況でもラグビーができることに、選手たちは感謝している」

 ただ、財政的にはかなり厳しいようだ。
 ホームスタジアムは通常1万9000名は収容できるが、開幕当初の観客数上限5000人だと、1試合で30万ユーロ(約3660万円)の損失。その後の上限1000人では50万ユーロ(約6100万円)の損失。今は無観客になり、ホームで1試合するごとに75万ユーロ(約9150万円)の持ち出しとなる。
「このままの状況が続けば、チームの財政はさらに困窮し、年が明ければ経営破綻のリスクもある」

 フランス政府から4000万ユーロ(約49億円)が、TOP14と2部リーグのProD2の計30チームに支給されることになり、それぞれのチームのチケット収入の損失額に応じて分配される予定だ。
 しかし1チームに100万ユーロ(約1億2千万円)支給されるとしても、1か月分の全員への給与でほぼ消えてしまう。リーグ運営団体のLNRは、チームの負担を少しでも減らせるように、社会保険料の免除を政府に交渉している。


 ところで、マクロン大統領の演説の3日前、ツイッターに、ラグビーグラウンドの脇に設置されている散水用ホースで、裸でシャワーを浴びている男たちのシュールな写真が投稿され、話題になった。
 決して前衛アートのパフォーマンスではない。アマチュアスポーツは、ロッカールームの使用が禁止されているため、アマチュアリーグの選手は、試合の前後、屋外で着替えをしなければならないのだ。フランスは秋に雨が降る。バスで片道3時間、長い時は6時間かけて試合のために移動することもあり、試合後、汚れたまま乗車するのを断られることもあるという。

 また、10月17日には、パリ、リヨン、トゥールーズ、モンペリエ、ボルドーなど大都市で夜間外出禁止令が出され、午後9時以降の外出が禁止された。
 これにより、パリのアマチュアチームは練習ができなくなった。仕事を終えて郊外のグラウンドに集合できるのは夜8時。だが9時までに帰宅していなければならないので、実質15分ほどしか練習する時間がなく、競技を続けることが難しくなっていた。

 今は、アマチュアスポーツはすべて1月まで休止となっている。ラグビースクールも休校になってしまった。
パリ近郊に住むジョゼフ(11歳)は、ラシン92の下部組織のスクールに通っている。練習前後に手指の消毒、練習時以外のマスク着用、保護者のグラウンドへの立ち入り禁止、付き添いは8歳未満の子どもに限り1家族につき1人のみスタンドで見学可など、様々な感染防止対策をとりながら、例年通り、週3回の練習と週末は練習試合というリズムでラグビーを楽しんでいた。
 今はそのエネルギーをもてあましながら、代表チームや、時々コーチに来てくれるラシン92の選手の試合をテレビで観戦して夢を膨らませている。

 ラグビーに限らず、全てのアマチュアスポーツが思うように活動できない中、全般的に競技人口が昨年同時期に比べて減少している。
 France TV Sportによると、9月30日現在で、バスケットでマイナス11%、水泳は同10%、柔道に及んではマイナス27%。感染に対する恐怖や、先が見えない不安、また施設の使用が許可されていないというのが原因と考えられている。屋外でプレーするテニスはマイナス1%。サッカーはマイナス0.2%と昨年の登録者数を維持している。


 そんな中、ラグビーだけが4.7%増加しているのが興味深い。フランスのラグビーの競技人口は、2012年以降減少傾向にあった。フランス代表チームの成績が振るわなかった時期である。
 ここ数年、フランス協会が競技人口の増加に力を入れてきた。さらに今年2月の6ネーションズでの代表チームの活躍を見て、デュポンやンタマックに憧れてラグビーを始めた子どもも、少なくはないだろう。アイルランド戦のテレビ中継はフランス国内で22.4%の高視聴率を記録し、560万人がテレビを通して代表選手の背中を後押ししていた。

 そのフランス代表ジャージーの背番号には、国内のアマチュアチームの名前がプリントされていた。番号の下には、それぞれの選手の出身チーム、自分を育ててくれたチーム名が書かれている。
「この状況でラグビーができるのは、とても恵まれている。(ロックダウンで)プレーできなくなってしまった、すべてのアマチュアプレーヤーや、子どもたちへの使命を感じている。試合を見て少しでも楽しんでもらえたなら、我々も嬉しい」と、試合後にガルチエは言った。

 若い才能とエネルギーに溢れ、打たれ強く勇敢に戦い、全員が同じ方向を向き、仲間のためにプレーをする。何よりも生き生きとプレーしている彼らを見るのはワクワクする。
 フランスのファンがずっと見たかったフランス代表の姿である。ロックダウンやテロで重い空気のフランスのラグビーファンを励まし、勇気づけている。

「ガルチエ・ブルー物語」が今年1月にスタートした時、この物語の筋書きとして、「勝つ、タイトルを獲得する、世界ランキング3位に入る、離れてしまったファンの心を再び取り戻す」などが挙げられていた。
 近年なかなか勝てていなかったイングランド、ウエールズ、アイルランドに勝った。タイトルはまだ獲得できていないが、ファンの心はしっかり掴んだ。来月予定されているワールドカップの抽選会までにランキングを4位に上げ、2023への筋書きが着々と実現されている。

「これは物語の始まりでしかない」とガルチエは言う。「続きも楽しみにしてくれ」と言わんばかりだ。
 ただ、この物語が2023年に大ハッピーエンドで完結するためには、「TOP14 ウィズコロナ」の危機を無事に乗り越え、再び、楽隊の音楽が鳴り響くトップ14のスタジアムがサポーターで埋め尽くされる——そんな景色で最終回を迎えることが必要不可欠である。