先日、ある現役日本代表選手の父君と話をする機会があった。ちょうどラグビーワールドカップへの最終セレクションの場となった網走合宿の直前の時期だ。
客観的に見て、その選手は代表メンバー入りの当落線上という立ち位置だった。同ポジションには実力と実績を兼ね備えた外国出身選手がひしめき、貴重な実戦でのアピールの機会だったパシフィック・ネーションズカップではプレータイムを得られていない。一方で、他のどの選手にもない個性的な持ち味は、「極限のプレッシャーがかかるワールドカップの舞台でこそ威力を発揮するのでは」との予感も抱かせる。
網走へ向かう前、選手は父に「誰を選ぶかは自分が決めることじゃない。自分のやれることを精一杯やってくる」と決意を口にしたそうだ。多くの選手が「人生で一番キツかった」と口をそろえる猛練習を耐え抜き、自国で開催される歴史的大会への出場にもう少しで手が届くところまでたどり着いたのだから、なんとしてでも選ばれたい気持ちがあるのは当然だろう。そんな状況でも、複雑な心情を露わにはせず、ただただ自分のすべきことのみにフォーカスする。なんたる精神力だろうか。
父君は自身もラグビープーレーヤーだったから、子息の気持ちは痛いほどわかるはずだ。むしろ、我が子だからこそ、本人以上に冷静ではいられないところもあるだろう。その心境を想像すると——胸が一杯になった。
4年に一度ではなく、一生に一度。ワールドカップ開幕が近づくに連れて、そんな言葉の重みをひしひしと実感するようになった。そして、その夢舞台に立つために、最後まであきらめず「自分のやれること」に死力を尽くす選手は、他にもいる。
2015年大会のヒーローのひとり、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチ就任初年度の日本代表で堀江翔太とともに共同主将を務めた立川理道は、6月の宮崎合宿メンバーに選出されず、トップリーグカップ2019の終了後、プレー感覚の維持とアピールの場を求めてニュージーランドの国内選手権を戦うオタゴ代表に加わった。同じく2015年大会での躍進の立役者のひとりである山田章仁は、フランス・トップ14のリヨンにレンタル加入し、日本代表復帰へ向け懸命のチャレンジを続けている。
日本代表として22キャップを有し、今季サンウルブズで7試合に出場した内田啓介は、ニュージーランドのタスマンに加わり、8月24日に国内選手権のマイター10カップでさっそくデビューを果たした。ヤマハ発動機の魅惑のHO、代表4キャップを持つ日野剛志も、山田と同じフランストップ14の名門トゥールーズに短期移籍し、ボルドー・ベグルとの開幕戦に先発するなど奮闘している。
彼らがラグビーワールドカップ日本大会で代表スコッドに返り咲くのは、極めて厳しい状況かもしれない。それでも、その可能性を少しでも広げるためには、いま自分にできることを、全身全霊でやり続けるしかない。歩みを止めれば、その時点で道は途切れる。
そして、あらためて思う。こうした不屈の勇士たちのあくなき挑戦、挑み続ける意志は、きっと日本代表の力になる。一世一代の決戦で勝敗を分けるのは、ピッチに立つ15人だけの力ではない。日本ラグビーに関わるすべての人々の想いと情熱が、桜のジャージーの背中を後押しするのだ。
8月29日、日本代表発表。本コラムの冒頭でふれた選手は、31人のメンバーに入ることはできなかった。
しかし、彼の、彼らのワールドカップが終わったわけではない。ラグビーにケガはつきものだ。同じポジションに負傷者が出た時、ただちにその穴をカバーするために、常に万全の準備を整えておかなければならない。ラグビーワールドカップ2019における日本代表の戦いが終わるまで、彼らの戦いも続く。
いつ呼ばれるかもわからない状況の中、チームから離れたところで、これまでと同じテンションのトレーニングを続けるのは、並大抵のことではないだろう。でも、その覚悟と献身は、必ずジャパンというチームの一部になる。理屈を越えたパワーを生み出す。
歓喜。悲哀。矜持。使命感。さまざまな感情が入り混じり、溶け合って、激しくぶつかる。それがワールドカップだ。
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