堀江恭佑
(東京高―明治大―ヤマハ発動機)
とうとうやった。
シーズンを締めくくる日本選手権決勝で、ヤマハ発動機がサントリーを下し、初の日本一に輝いた。となれば、日本一のチームから、ギョウザ耳の連載を出さなければいけない。
通路で、歓喜に沸くヤマハ選手の耳をつぶさに見ていく。おっ、見事なギョウザ耳だ!
闘志のオトコ、「ミスタータフネス」こと堀江恭佑が弾むように歩いてきた。テレビのインタビューにつかまる。終わる。
「じつは」と、おそるおそる声をかけた。白状すれば、随分前に一度、堀江から、「ギョウザ耳ストーリー」は聞いていた。でも…。こともあろうに録音したICレコーダーが壊れ、音声が消えてしまった。コラプシング! みたいなものである。
「まだ、(僕の原稿)出ていませんよね」
「そうなんです。レコーダーが壊れてしまって…。音声が消えたんです。すいません。もう一度、ギョウザ耳ストーリー、聞かせてもらえませんか」
いいオトコである。助かった。ラガーマンはやさしい。日本一決定の試合の後だというのにギョウザ耳の話である。ちょっと戸惑いながらも、同じ話をちゃんとしてくれた。
「最初が右ですかね」
まず右耳が、明治大学2年の時に膨れた。メイジといえば、重戦車FW、やはりスクラムにこだわるチームだった。どうしてもスクラム練習は厳しくなる。
「僕は6番(フランカー)をやっていました。必死で組もうと、右耳を(プロップの臀部に)付けて押していたら、耳が腫れてしまったのです。もう痛くて、痛くて」
フランカーが耳をつぶすということは、よほどしっかり押していた証左であろう。「8人で結束して押す」スクラムにおいては、フランカーの鑑といっていい。
「寝るのも痛くて、たまりませんでした。(病院で)血を抜いても、また腫れて…。その繰り返しでした」
やっとで右耳が固まったと思ったら、今度は左耳だった。メイジ3年の時だ。タックルダミーに遮二無二ぶつかっていたら、また耳が腫れてしまった。
右がスクラム練習、左はタックル練習。ギョウザ耳とはプロップの専売特許ではない。真面目なFW第3列でも、ギョウザ耳となるリスクはあるのだった。
ヤマハもまた、スクラムにこだわっている。清宮克幸監督、長谷川慎FWコーチがいるからだ。「ヤマハスタイル」の基盤とは、安定したスクラム、ラインアウト。
ヤマハではナンバー8として、チームを引っ張る。予知と反応、瞬発力。24歳。たくましいからだでパワフルに前進する。ブレイクダウンでの献身的なプレー。183センチ、103キロのサイズはさほど、大きくない。でも、いわゆる「いい選手」なのである。
ヤマハのスクラムでの努めは。
「もちろん、押すこともそうですけど、ヤマハの場合には、前(フロントロー)に押してもらうための壁をつくるというか、いい姿勢をつくるのも大事な仕事です」
その強いスクラムを武器に日本一に輝いた。高校、大学、社会人と通して、初めての全国タイトル。
「うれしいですね。後ろから(スクラムを)押していても、頼もしい仲間だと思います。自分の耳がどうなっても、スクラムさえ押せればいいんです」
ついでにいえば、ヤマハのスクラムのこだわりは練習でも見てとれる。決勝戦の舞台、秩父宮ラグビー場の足場が悪いとみるや、その週の練習ではあえて砂地のごとき足場の悪い場所で練習をしてきたという。
決勝戦。最初のスクラムだった。ヤマハボールのスクラムで、「アーリープッシュ」の反則をとられた。
「ファーストスクラムは反則をとられてもいいくらいの勢いのスクラムでした」
つまり、大事にしたのは攻めの姿勢だった。結果、スクラムを押した。ラインアウトでも優位に立った。ブレイクダウン、コンタクトプレーでも、当たり勝っていた。
初の日本一の気分は。
「うれしいです」
最後にギョウザ耳とは。
「スクラムにこだわってきた証です」
そうなのだ。どのポジションであれ、ギョウザ耳とは、スクラムにこだわるラガーマンが戴く勲章なのだった。
2015年3月6日掲載
※ 『ギョウザ耳列伝』は隔週金曜日更新
【筆者プロフィール】
松瀬 学(まつせ まなぶ)
ノンフィクションライター。1960年生まれ。福岡県立修猷館高校、早稲田大学のラグビー部で活躍。早大卒業後、共同通信社に入社。運動部記者として、プロ野球、大相撲、オリンピックなどの取材を担当。96年から4年間はニューヨーク支局に勤務。2002年に同社退社後、ノンフィクションライターに転身。人物モノ、五輪モノを得意とする。『汚れた金メダル 中国ドーピング疑惑を追う』(文藝春秋)でミズノスポーツライター賞受賞。著書に『日本を想い、イラクを翔けた ラガー外交官・奥克彦の生涯 』(新潮社)、『ラグビーガールズ 楕円球に恋して』(小学館)、『負げねっすよ、釜石 鉄と魚とラグビーの街の復興ドキュメント』(光文社)、『なぜ東京五輪招致は成功したのか?』(扶桑社新書)など多数。