自ら決めたことだ。
今年からラグビー日本代表となった伊藤龍之介が、東京・秩父宮ラグビー場でのフィジー代表戦の翌日に所属する明大の寮へ戻った。週明けの10月26日から練習に混ざり、11月1日に秩父宮である慶大戦をにらむ。加盟する関東大学対抗戦Aの5試合目だ。
司令塔のSOとして鋭い走りを繰り出す4年生は、30日、都内の拠点で全体練習に参加。実戦練習で主力組に混ざった際も、見学グループに回った折も、常に味方に声をかけていた。
「僕がいつ出ても大丈夫なように、僕が出ていない時でもしっかり(状況を)伝えられるようにしています」
心持ちについてこうも言う。
「僕自身も(チームを)理解して、向こうも(自分の考えを)理解して…と。できるだけ(それまでの流れを)崩さない形で『もっとこうすればいいんじゃない』と(提案もする)。そして、(試合の)メンバーが決まったら他のメンバーとも喋って…という感じです」
代表チームは目下、欧州にいる。新設ネーションズチャンピオンシップの後半戦に挑むためだ。ワールドカップオーストラリア大会を翌年に控え、真剣勝負を通して組織力を高める。
かたや日本の大学シーンはこの時期からシーズンが本格化する。大学選手権2連覇を目指す明大は、慶大戦から約3週間後の22日に一昨季までV4の帝京大とぶつかる。場所は秩父宮だ。代表活動が終わっている12月6日には、東京・国立競技場で早大との早明戦がある。伊藤龍はこちらに専念する。
自問自答の末の決断だ。7月から自身を10番に抜擢したジャパンのエディー・ジョーンズヘッドコーチへ、9月までに意向を伝えた。
「めちゃくちゃ迷って、悩んで。正直、ネーションズチャンピオンシップに行ってもその後の早明戦や(年末年始の)大学選手権には出られるし…とも考えました。ただ、僕自身、大学に賭ける思いがあった。(秋は)慶大戦、帝京大戦も控えている。区切りとしてはここなのかなと。(冬に)帰って来てすぐチームに入って…というのでは、皆からの信頼(を得るの)が難しいと思いました。それまで頑張ってきた他のメンバーもいるので」
世代きっての突出した存在がコミットしたいと思わせるのが、明大という組織だった。当事者は説く。
「同期、後輩とも、壁がなく楽しんでラグビーをしている。皆、明大のことが好き。去年、優勝したからこそ余計に自分たちの代で優勝したい気持ちが強くなっています。それを実現するための選択です」
全国の俊英が年に約20名ずつ集まってくる名門にして、選手同士がのびやかな関係性を築くのがいまの明大だ。NO8の藤井達哉は頷く。
「皆、仲がいいです。僕たちの代は特に。寮の食堂でも(具体的な集合の)時間とかは言っていないのに、食べるタイミングが一緒だったりします」
主将はFLの大川虎拓郎。頭にあることのひとつは、昨季序盤の不振ぶりだった。
振り返れば、昨季の序盤は苦しんでいた。9月14日の開幕節では筑波大に24-28で敗戦。その後も白星こそ重ねながら消化不良気味だった。
低迷脱却のきっかけは、去年のいま頃にあたる慶大戦にあった。この日は24-22と辛勝も、ビハインドを許して終盤を迎える厳しい展開だった。
週明けのミーティングで、ちょうど主戦を外れていた同期の海老澤琥珀が奮起を促すよう異議を唱えた。これをきっかけに、当時のメンバーが発奮した。
対話の量を増やし、高い弾道のキックを増やすことで個々の判断基準を明確化。迷いを減らすことで生来の迫力が増し、頂点に辿り着いた。
今季は多彩な攻めを機能させ、開幕4連勝中である。前年度と異なり、慶大戦を前に順調であるさまが伝わる。大川は語る。
「毎週、毎週の試合に向けて、色んな人が色んな意見を出して、考えている。去年の教訓を活かせていると感じます。皆、能力はある。それをどう活かすかやどう(試合を)組み立てるかについての話し合いが、(昨季途中までは)できていなかった。(今シーズンは)話す回数、増やしています」
今後に向け、大川は攻めるかキックをするかの判断、防御ラインの質をより磨きたいと話す。藤井も、頂点に立つにはもっと「うまくいかない時の試合運び」についての蓄積が欲しいと考えている。
前年度と違うプロセスで発展しようとするチームにあって、代表経験のある伊藤龍はキーマンのひとりとなろう。今季は代表活動の合間の10月11日、筑波大戦(栃木・足利ガスグラウンド/〇39-21)で途中出場してプレイヤー・オブ・ザ・マッチに輝いている。慶大戦前の短い合流期間でも、すぐに周りと馴染んだ。
代表活動中、ジョーンズに常々言われてきたことがある。
「まっすぐ。前が空いていたらどんどん」
日本代表の攻撃姿勢の表れでもあり、伊藤龍の強みを活かすべしというアドバイスでもある。
直近のフィジー代表戦では、その教えを全うしきれず28-34で惜敗した。
「あの強度のなかでも勇敢に仕掛け、身体を張らないといけない。そこに僕が達していない」
振り返れば、春先に23歳以下日本代表として20歳以下フィジー代表とぶつかった際も、向こうの反則を厭わぬようなハードタックルに面食らった。
「今後、そういう相手に対してもできるようにならなきゃいけない」
だからこそこれから立つステージにあって、己に高い基準を課す。
「ここでエディーさんから言われたのは、『常に同じ位置にいると相手のプレッシャーを受けやすい。ボールをもらう位置を広くしたり、浅くしたり、深くしたりすることで、向こうがノミネート(マーク)しづらくなる』と。それを、意識してみようかなと。スキルレベルは保っておかないといけないし、前を見るというところでは自分からプレッシャーをかけにいく。その、遂行力を保てるか(が鍵)」
悲願の学生ラストイヤーでの全国優勝、リーグワンへの早期参戦、ワールドカップでの成功を目指すいま、ありたい姿を言葉にする。
「本当に後悔なく過ごしたい。必要だと思ったことはやりたいし、伝えたいと思ったことは絶対に伝えたいし、やるべきだと思ったことは絶対やるようにしたい。あの時にあれをしておけば…とは、全然、思いたくないです。それこそジャパンを離れてこっちに来て、明治でやれてよかったと思えるようにしたいです」
慶大戦では、筑波大戦時と同じ22番でスタンバイする。
