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【ラグリパWest】社員コーチとして。中村直紀 [クリタウォーターガッシュ昭島/アシスタントコーチ]

2026.10.26

クリタウォーターガッシュ昭島でアシスタントコーチをつとめる中村直紀さん。社員コーチとして、社業と指導を両立させる工夫を日々している。中村さんは京都の東山高から日体大に進んだ。イメージキャラクターの「ガッシュ君」とともに

 クリタウォーターガッシュ昭島が大阪発祥のチームということを知る人は少ない。

 チームの略称は「WG昭島」。ラグビー・リーグワンのディビジョン3(三部)に属する。

 創部は64年前。5年後の1967年(昭和42)から関西社会人Aリーグで戦う。当時のチーム名は保有企業の栗田工業だった。

 対戦相手は近鉄やトヨタ自工。今の花園L、トヨタVである。このトップ8に神戸製鋼が加わるのは9年後。神戸Sとなったチームは先ごろのリーグワンを制した。

 関東への関西からのチーム移転は1978年。そこから40年を経て、東京の昭島に天然芝グラウンドとウエイトルーム併設のクラブハウスを持つに至る。

 中村直紀はそのWG昭島のアシスタントコーチだ。BKを主に見る。
「大阪から移った話は聞いています」
 来月11月で47歳になる。

 中村は社員コーチだ。勤務先は栗田工業のグループ会社だ。営業で神奈川県内を中心に飛び回る。栗田工業の主業は水処理を軸にした装置や薬品の製造や開発である。

 中村はべっこう色の肌、黒い目を持つ。
「コーチとして選手と積み上げてきたものが試合で出せ、成功する。嬉しいことです」
 江戸期の剣術師範のような精悍さが漂う。

 中村は選手に考えさせる。ラインの抜き合いではボール保持者の外に3人を置く。横、その背中、そして、大外。パスダミーで、そのまま走り抜けることもできる。

「選択肢は与えますが、あとは選手の判断。余白を作ることが大切だと思っています」
 日本人選手はみな社員だ。社業同様、裁量にゆだねる部分を作る。やるのは選手だ。

 中村は気概がある。
「プロコーチに負けたくはありません」
 今村友基と重光泰昌は同じ京都出身の同級生。今村は九州KVのヘッドコーチ、重光はM成田のアシスタントコーチをつとめる。

 中村は東山のWTBだった。今村と重光は伏見工(現・京都工学院)のSOとCTB。高3時、全国大会の府予選決勝は22-33だった。大会は77回(1997年度)。本大会で伏見工は準優勝する。久我山に29-33だった。

 東山の創部は1955年。日体大出身の中丸良雄が監督につき、強化が進む。全国大会出場は3回。最後の70回大会は8強敗退。優勝する熊谷工に6-12だった。この時も中村の代と同じ、全国制覇できる力はあった。

 中丸は17年前に病没した。後日、自宅にお参りに行くも、留守だった。お礼が届く。中丸のスピーチ用の草稿も入っていた。
<大切な子供たちを3年間、預かっている>
 その思いが中村の下地になっている。

 中村は言う。
「コーチをさせてもらっているのは、みんながいてくれるおかげ。嫌でやめる、はさせない。1年1年を大切にしているつもりです」
 共有する時間を無駄にはさせない。

 その競技を始めたのは京都ラグビースクールだった。小1から卒業まで在籍した。
「ぜんそくを持っていました」
 父・進が呼吸器系を強くするために通わせた。父は警察官で柔道を教えていた。

 中学は上京(かみぎょう)だった。ここでもラグビーを継続する。監督の平田健一郎と中丸は日体大の後輩と先輩の間柄だった。そのような関係もあり、中村は東山に進む。大学も日体大に入学する。

 日体大では170センチほどの体で1年生から公式戦出場を果たす。
「ステップのキレがすごいWTBでした」
 ひとつ上でFLだった武藤暢生は覚えている。現在は灘中高のラグビー部監督だ。

 3年では関東対抗戦7位となり、入替戦に出た。副将についた最終学年はチームを立て直す。関東対抗戦5位で2年ぶりに大学選手権に出場。38回大会(2001年度)は1回戦で立命館に24-51で敗れた。

 コーチの資質はこの4年時に磨かれる。
「リーダーが練習メニューを考えて、柴田先生に了解をもらっていました」
 柴田紘三郎は当時の監督だった。頭を悩ませた学生時代が今の出発点である。

 卒業後は豊田自動織機(現S愛知)で2季を過ごし、ニュージーランドに渡る。
「ラグビーをうまくなろうと思いました」
 今も代表チーム、オールブラックスの映像をつぶさに見て、指導のヒントをもらう。

 半年滞在ののち、日体大の先輩の引きで、コカ・コーラで3季を過ごす。2007年に出場機会を求めて栗田工業に移籍。当時の監督で今は副部長の安藤基行らが間に入ってくれた。3季ほどで現役を引退し、社業に専念する。

 その間、結婚して2児を得た。妻は美奈子。息子は太星(たいせい)と斗星(とうせい)。高2と高1の年子である。中村はリーグワン初年度の2022シーズンに誘われてチームに戻る。最初の肩書はアドバイザーだった。

 リーグ開幕の12月を迎えれば在籍6季目になる。チーム成績は就任から6、3、3、3、3位。よく言えば安定。悪く言えば足踏み状態が続いている。
「目標は入替戦に行く、ということですね」
 2位以上に入ることを中村は熱望する。

 そのために時間をムダにしない。自宅は神奈川県内にある。グラウンドのある昭島まで、電車なら1時間30分はかかる。
「移動の間は分析やミーティングなどの資料を作っています」
 受験生のような日々を過ごしている。

 中村のラグビーに費やせる時間はプロコーチに比べて少ない。それでも、工夫しながら、そん色ないコーチングを目指している。仕える新ヘッドコーチはグラント・キーナンからアラマ・イエレミアに変わった。中村は自分の仕事をまっとうするだけだ。

 来るべきシーズン、社業と同じ水色のジャージーをまとうWG昭島を躍進させたい。そうすれば、チームのみならず、同じように社業とラグビーの両立を目指している人々にとって、励みになる。それは間違いない。

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