ラグビーリパブリック

母国に勝って戴冠。フィジー出身のイノケ・ブルアは「日本代表になれて嬉しい」。

2026.09.22

9月19日、PNC決勝に出場したイノケ・ブルア(撮影:福島宏治)

 ラグビー日本代表でプレーするにあたり、向上させたひとつが日本語力だった。

 イノケ・ブルア。2018年にフィジーから来日した。身長178センチ、体重100キロで27歳の力走型WTBは、今年6月までコベルコ神戸スティーラーズの一員として国内リーグワンのレギュラーシーズン、プレーオフで計15トライをマーク。自身が流経大の1年生だった年度以来となる、クラブの日本一にも喜んだ。

 シーズン終了後に初めて日本代表合宿に参加し、ボールを持たない時の運動量を高めるよう努めた。おかげで9月5日の新潟・デンカビッグスワンスタジアムでは、カナダ代表戦でデビューして縦横無尽に駆け回った。生来の強みである突破力も披露し、57-12で勝った。

 何よりその頃には、取材対応に通訳なしで臨めるようになった。

 それまでもスーパーラグビーに参加のサンウルブズ、横浜キヤノンイーグルスと日本のクラブを渡り歩いてきたが、改めて「日本代表のシーズンに入る前、もっと日本語をレベルアップしたい」と決意して過ごしたからだ。

 キャンプ中はネイティブの仲間にわからない単語を教わったり、他の選手のインタビューを聞いてチームの一員としての言葉をストックしたりした。15歳で来日して現在37歳のリーチ マイケルの喋りには、言語を学ぶひとりとして「うまい」と頷く。

 カナダ代表戦の2日後、覚えたてのフレーズで喜びを語った。

「初めて日本に行くとわかった時、家族がめちゃくちゃ喜んでいた。そこから、日本代表になりたいと思っていた。日本は、第2の故郷という気持ちがあって。先週末に初キャップを(達成)できて、めちゃくちゃ嬉しかったです」

 エディー・ジョーンズヘッドコーチ率いるいまの日本代表は、6月中旬から現体制3季目をスタートさせた。適宜、休みを作りながら、おもに上位国へ挑む。8月下旬からは件のカナダ代表戦と、9月12日からのパシフィック・ネーションズカップを見据えた。

 そのキャンペーンで頭角を現したひとりが、ブルアだった。

 19日の大会決勝では、フィジー代表とぶつかる。戦前の世界ランクで3つ上の9位でもある母国とのバトルだ。心境を問われると…。

「嬉しい、かな。ずっと日本にいて、日本代表になれて嬉しい」

 光ったシーンは2点差を追う前半34分頃。自陣ゴール前で相手の猛攻をタックルで跳ね返し。起き上がって防御ラインの後ろへ回ったところで向こうのラインブレイクに直面。孤立した走者の手元に絡み、寝たままボールを手離せないノット・リリース・ザ・ボールを誘った。ピンチを脱した。

 WTBのブルアはシステム上、守備の際は前衛と後衛を行き来。ここぞという場面では、最前線で身体を張るFWの選手を助ける。それがあのワンシーンだった。

「外(WTBの位置)からディフェンスで、裏(手前の仲間と)から繋がって…。その状況をしっかりチェックして…。FWが(ボール奪取に)行けなかったら、僕が入る」

 チームの課題とされる空中戦でも奮闘。前方から後ろへ走り、向こうの高い弾道のキックへ対処する動きが求められる。

「コーチたちも毎週、毎週、WTBの選手にその(実戦に似た)状況を作って練習している」

 ノーサイド。20-15。ライバルの3連覇を阻止し、7年ぶりの大会王者に輝いた。

『超速ラグビー』というコンセプトはそのままに、徐々に手直しをしている攻撃はやや不発。ジョーンズはそう反省する。それでもしぶとく白星を手にし、ブルアは集団のひとりとして言った。

「『超速ラグビー』で、皆、一緒に頑張っているから。フィットネス、スピード、フットワークを…(磨いている)」

 ジャパンは翌20日に解散。10月上旬に再集合し、まずは24日のフィジー代表との再戦(秩父宮)をにらむ。

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