全国優勝13回。東京郊外の「ヒルズ」と呼ばれるジム機能を兼ねたクラブハウスと併設のグラウンドで、鍛え、走る。勤勉さで強力なパワーを紡ぐ帝京大ラグビー部の大男たちの群れにあって、ひときわ小柄でひときわインパクトのある4年生がいる。
甲斐敬心。身長171センチ、体重83キロにして胸板と腰回りが分厚く、笑顔の奥の視線が鋭い。ぶつかり合いの多いFLの位置で主戦を張る。
9月12日、東京・秩父宮ラグビー場。加盟する関東大学対抗戦Aの初戦で、国内最古豪の慶大に50-5で勝った。敵は我にありの心境。
「自分たちのやってきたことをやりだしたら、自分たちの時間が増え、自分たちが思うようにゲームを運べたという印象です」
こう話すフル出場の7番は、地上の球にしぶとく絡み、トライにつながるビッグゲインも披露した。
「ブレイクダウン(接点)、タックルで身体を張らないといけない。そこで、味方に(陣形を整える)時間を与える。チームのためになることを考えています。(突破したシーンは)前が(直線的に動く)FWの選手で、得意なスピードで勝負できると思った。よかったシーンです」
話をしたのは17日。「ヒルズ」の応接スペースである。試合がない週とあり、直前には走り込み、ウェイトトレーニングに合計2時間ほど費やした。さらにそれに先立っては、寮から施設までを徒歩で30分ほど。アップダウンのある道のりを、である。
この部員の日常について、甲斐は「大学生になってこんなに歩くとは思わなかったですけど、(ずっと)歩いてきたので別に苦ではないです!」。出身が宮崎県延岡市で、実家は山に囲まれていた。こちらも周りは斜面だらけで、登校に時間がかかった。子どもの頃から険しい自然とともに生き、それが「いまの運動神経にも活きている」と頷く。
小学校3年生の頃の担任の女性教諭が、ラグビーの経験者だった。体育の授業でタグラグビーを教わった。「純粋にボールを持って、前に進んで、トライしに行く」のが楽しく、4年生から延岡少年ラグビースクールに通うようになった。
もともと延岡星雲高で楕円球を追っていた父の俊大さんにも、このスポーツを勧められていた。その時ばかりは「嫌がっていた」のに、いざやってみれば生涯の楽しみのひとつだと直感した。
帝京大の相馬朋和監督とは、少年時代から縁があった。
延岡少年ジュニアラグビースクールを経て進んだ、高鍋高の1年時のことだ。国体へ参加するメンバーとして、宮崎合宿をする現埼玉パナソニックワイルドナイツのスタッフに指導を受けた。担当コーチが、当時クラブに在籍の相馬だった。
サポートプレーの体勢や動きにこだわれば、その後のプレーがなめらかになると伝えられた。折しも司令塔のSOやチャンスメーカーのCTBからFLに転じていたとあり、目からうろこだった。
「僕がわくわくしてラグビーをしていた時に、さらに発想を広げてくれました。ラグビーは、こんなに面白いんだ…と」
相馬も、この活発な少年をよく覚えていた。
母校でもある帝京大で指揮を執り始めていた2022年3月25日、全国選抜大会1回戦を視察。中部大春日丘高に5-68と苦しめられる高鍋にあって、爪痕を残す6番が甲斐だった。高鍋高の檜室秀幸監督や地元の関係者らに、勧誘の意思を伝えた。
部員100人超で全国の俊英が集うクラブで、この青年がどこまで輝けるのかに興味がわいたのだ。
「他の大学に行けばレギュラーになれるでしょう。彼が帝京大に来ることが幸せかどうか、わからない。でも、彼が帝京大に入ってどうなるかは見てみたい」
決意の入学。当初こそ実力者の群れでさほど自己表現できずにいた甲斐だが、最初のオフに突入すると「変えないといけない。原点に戻って、純粋にラグビーを楽しもう」。ひとつの接点、ひとつの衝突に勇気を持ってチャレンジすれば、勝負に肩書きは不要だと再確認できた。
挑めば挑むほど実力が認められ、2年目に1軍デビュー。3年時からレギュラーとなった。相馬監督に「ゲームに変化を与えられる選手になりました」と信頼されるその人は、踏ん張ってこられた理由をこう口にした。
「負けず嫌いなので、他の人に負けたくない。それと、宮崎の色んな人に応援してもらっている。それを背負っていることは力の源だと思います。自分が結果を出して恩返しがしたい。いくら人数が多く、ライバルがいようと、ファーストジャージーを着て試合を着続けるのが目標でした」
実は帝京大のほかに入学を目指した学校があり、そちらからは色よい返事をもらっていない。全国上位を争うそのチームとの対戦には、闘志に火がつくという。
「断られた側なので、自分を採らなかったのを悔やんで欲しいと思う。そこは、燃えますね」
前年度は大学選手権での連覇を4で止めた。捲土重来へ、最上級生のまとまりと主体性を高めたい。全ての4年生が目標を紙に書き、「ヒルズ」の壁に貼る。
甲斐は<背中で魅せる>と記した。
「4年生が基準を示す。自分の背中を見せて、自分を超えてほしい。その願いを込めました。自分はこの『ヒルズ』の施設委員長もやらせていただいています。掃除ひとつも怠らない。小さなことを大事にする。それはプレー面も一緒です」
1年生でSO兼CTBの瑛心、高校の後輩でもある大心を弟に持つ。「僕はやれる」と疑わない長男は、ラグビーを通し、万人が活力、勇気、希望を抱くきっかけとなりたい。
