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【ラグリパWest】娘との思い出に向けて。梶村真也 [関西大学北陽高校/ラグビー部監督]

2026.08.06

梶村家はこの秋、高校ラグビーにおいて父と娘の対戦が濃厚だ。父の真也さんは関大北陽の監督。長女の心花さんは東海大大阪仰星の1年生マネージャーである。2人は対戦実現を楽しみにしている。父の豪快な笑いと娘の控えめな笑顔が対照的でいい

 私事ではある。

 ただ、ラグビーでの対戦が実現すれば、父と娘の思い出はより鮮やかなものになる。

 梶村真也は関大北陽の監督である。45歳。長女の心花(ここな)は「仰星」で通る東海大仰星の1年生マネージャーだ。

 2校がこの秋、全国高校大会の大阪府予選を勝ち上がれば、決勝で当たる。春季大会の結果により、第三地区のAシードに仰星、Bシードに関大北陽が入った。

 決勝戦は3か月後である。梶村は話す。
「家の中での会話が少なくなりました」
 あごひげが包む中からの視線は柔らかい。声も荒げない。よき山男のようにも映る。

 心花はクリっとした瞳がチャーミングだ。父を慕うがゆえに軽口をたたく。
「勝たれへんし」
 心花はお姉ちゃんだ。3人の弟妹がいる。

 仰星の全国大会の本戦における優勝は6回。歴代4位だ。関大北陽は出場そのものがまだ1回。103回大会(2023年度)は初戦の2回戦で天理に15-27で敗北した。

 梶村家は「仰星一家」でもある。梶村、妻で母の亜美、さらには梶村の弟の真佑、妹の真季も卒業生である。弟妹はラグビー部のOBとOGマネージャーである。

 最初に梶村が仰星に行った理由がある。
「土井先生に誘ってもらいました」
 土井崇司は1984年(昭和59)、監督として仰星に創部する。隆盛の基礎を築いた。

 梶村がラグビーを始めたのは小3だった。摂津市ラグビースクールである。
「親戚や親にすすめられました」
 摂津一中で競技を続ける。土井が来る。

 心花の仰星入学を梶村は説明する。
「妹から色々と聞いていたみたいです」
 心花は中2から選手としてラグビーをやった。叔母には裏方の素晴らしさを教わった。

 マネージャーは気に入っている。
「楽しいです」
 選手のための飲み水を汲んだりすることですら、人の役に立っている実感がある。

 その心花との対戦について梶村は言う。
「可能性があるのは楽しみです」
 亜美はすでに公言しているという。
「私は関大北陽のサイドに座るからね」
 それでこそ妻だ。夫婦愛がある。

 関大北陽と仰星が全国大会の府予選決勝で当たったことはこれまで2回ある。7年前の99回大会は14-41。97回大会は5-38だった。母校との戦いは梶村にとって、心花のほかに期するものもある。

 黒い目が光を帯びる。
「湯浅先生と戦えます。自分より早く教員になった。人としてリスペクトしています」
 湯浅大智は高大の同期。今は仰星の監督である。教員のキャリアは7年の差がある。

 2人は高3時、仰星を全国初優勝に導いた。79回大会だった。湯浅はFL主将、梶村はNO8としてバックローを形成する。ともに東海大に進む。湯浅は卒業後、すぐに母校で保健・体育教員兼コーチになった。梶村はヤマハ発動機(現・静岡BR)を経由している。

 東海大のころを梶村は振り返る。
「1年から全公式戦に出させてもらいました」
 能力は高かった。3年時には関東リーグ戦で3位に入った。初の大学選手権出場を勝ち取る。39回大会(2002年度)は2戦目の8強で敗退。優勝する早大に17-76だった。

 ヤマハ発動機に進路を定めた訳がある。
「最初に誘ってくれました」
 同期入社と入部は佐藤貴志。佐藤は仰星でも一緒だった。大学は同志社。SHとして日本代表キャップは4を得ている。今は関大北陽の上にある関西大の監督をつとめている。

 社会人では大ケガを負った。2年目の2005年、練習試合で左ヒザを脱臼した。
「全治は2年ほど、と言われました」
 つらい日々の中、心は磨かれる。
「動けなかったり、試合に出たい人の気持ち、それに周りのありがたみがわかりました」

 トップリーグ復帰は副将についた2007年の11月18日。宗像サニックス戦でリザーブに入る。試合は5-7で惜敗した。4年後、現役引退。同時に退社する。在籍は7シーズン。最高位は1年目の準優勝だった。このトップリーグが2022年、リーグワンに変わる。

 退社の翌月には東大阪市の長栄中で保健・体育を教え始めた。元々、教員志望だった。
「サッカー部の顧問をしました」
 そのおぜん立ては土井がしてくれた。1年して関大北陽に転勤する。田中敦夫から声がかった。当時の教頭で現校長である。

 田中は梶村の恩師のひとりで仰星ラグビー部のコーチだった。サッカーや野球で名を馳せた北陽が2008年、関西大の系属校になる。2年後、中学が開校。ラグビー部ができた。その1期生が入学する2013年が高校の創部年だ。梶村は初代監督になった。

 高校は全日制の共学で普通科のみ。コースは3つに分かれている。関西大進学を担保しながら外部受験ができる特進アドバンス、関西大に進む文理、そして部活動を重視した進学アスリートだ。このいわゆるスポーツコースからも関西大へ上がることは可能だ。

 1学年は10クラスほど。40人学級だ。関大北陽は人気がある。関関同立のひとつ、関西大の系属校としてはもちろん、大阪市内にあり、阪急の上新庄駅から徒歩5分と交通至便なこともある。ラグビー部の選手数は93人。別に女子マネージャーが5人いる。

 関大北陽は梶村の奮闘もあり、大阪で「ご三家」と呼ばれる仰星、常翔学園、大阪桐蔭に続く第二集団になった。だからといって今回、決勝に勝ち上がれる保証はない。
「一戦一戦ですね」
 不測の事態が起きることを梶村は知る。

 そこまでの2試合に万全を期す。その結果、決勝で相まみえれば、父娘にとって一生ものの前後半1時間になる。結果はさて置き、幸せをかみしめられること、疑いはない。

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