戦力外通告は3月26日の木曜日だった。
岡田一平は前川泰慶(ひろのり)に呼び出される。クボタスピアーズ船橋・東京ベイのSHと現場トップのGMである。
岡田の細い目は遠くを見つめる。
「ああ、ついにきたか、って」
リーグワンからケガもあり3季離れていた。
最後の公式戦出場は2022-23シーズン。4月18日、花園Lを55-17で降した。このシーズン、略称「S東京ベイ」は初優勝する。
今年33の年である。年齢的に構想から外れてもおかしくない。
「決まっていれば、早い方がいいですよね」
前川は社員選手の岡田の未来を考える。
通告はわずか3日後に撤回された。29日、日曜日の朝、カフェで会った。
「申し訳ないけど、続けてくれないか」
前川は頭を下げた。
前日のBL東京戦でSHの谷口和洋が負傷退場した。復帰まで長引くことが予想された。パスが軸のSHは専門性が高い。他のポジションでカバーすることは難しい。
岡田の細い目は柔らかい顔の中に埋まる。
「ぜひお願いします、と答えました。断る理由なんてありませんでした」
そして、166センチ、75キロのベテランSHは決勝進出の救世主になった。
ラストの6試合に出る。リーグ16戦目の三重Hは入替出場だった。この時、正SHの藤原忍もケガをする。次のBR東京戦からプレーオフ決勝の神戸S戦まで全5試合で先発した。岡田がいなければ、おそらく2季連続の準優勝には届かなかっただろう。
岡田がS東京ベイを部局のひとつにするクボタに新卒入社したのは2016年の4月だった。入社と入部は11年目に入った。年を重ねてゆく中で、ラグビーへの向き合い方にも変化が訪れる。
「これまでなら、試合に出て活躍する、ということが一番でした。一生懸命にやっていました。でも今は、チームが勝つために自分に何が望まれているのか、と考えられるようになりました。そのために動く。それが結局、自分のパフォーマンスを上げることにつながってゆくことを知りました」
チーム・ファーストが本当に理解できる。そのための自身の持ち味を説明する。
「ベースはフィジカルの強さ。それをディフェンスで使ったり、五分五分のボールならそれをつかんでパスアウトします」
すべてをチームのために捧げる。
続投要請を受けた日から6日後、4月4日のリーグ14戦目、トヨタVのメンバーから外れる。納得ずくだった。この試合、ヘッドコーチ(監督)のフラン・ルディケはSHからのキックを軸に戦術を組み立てていた。試合は7-24で敗れた。
その翌日、二軍戦があった。28-43と連敗するが、前川は岡田に衝撃を受けた。
「びっくりするぐらい活躍してくれました」
ラグビーを続けられる喜びがあった。
「あの日はタックルし過ぎて、アタックする体力が残っていませんでした」
先発してディフェンス的要素を全開させた。
戦力外通告を受けた時、岡田は自分なりのしばりを設けた。
「公式に発表されるまで、誰にも悟られないように普通に練習をしようと思いました」
仲間に余計な気を遣わせたくない。静かに現役を終えようとしていた。
去り方を考えた数日があった。その経験も踏まえて、若い人たちに呼びかける。
「試合に出られなくても、子どもたちや中学生、高校生はラグビーをやめないでほしい。練習して、成長してゆけばいいのです」
チーム事情ながら、チャンスが降って来た。それはまたやめなかった末のことである。
その境地に至ったラグビーを始めたのは中学入学後だった。
「兄が中高のレールを敷いてくれました」
4つ上の航太は大阪の菫(すみれ)から大阪工大高に入った。HOだった。現在は高知市内でジム「RUTA FITNESS.」を経営する。
菫では監督の鈴木毅人(たけと)に選手としての基礎を作ってもらえた。
「砂場でのセービング、今も生きています。パスも1年の時はフラットパスだけでした。スクリューを放ってはダメでした」
恩師は東海大仰星から東海大に進んだ。現役時代はSHだった。
大阪工大高は常翔学園に校名が変わる。岡田はSHとして1年生からメンバー入り。3年時の全国大会は91回大会(2011年度)だった。4強敗退する。優勝する東福岡に5-28だった。ひとつ下の代はV5を達成する。
兄は関東学院に行ったが、岡田は双方の希望が合致して早稲田に進む。大学2年時は大学選手権で準優勝する。50回大会(2013年度)の決勝は帝京大に34-41。正SHだった。4年時には主将になり、CTBを任される。大学選手権は予選プールで敗退した。
クボタからは誘いがあった。現在は水環境カンパニー(水・環境事業本部)の水循環プラント積算部に籍を置く。
「下水の処理施設に機械を据え付けたりする見積もりを出します」
同じ部署にはWTBの山田響がいる。
仕事とラグビーの気分転換はゴルフだ。
「ベストは81。外国人選手はうまいですね」
始めて5年ほどになる。
「自然の中でできて、リラックスできます」
競技特性がラグビーの動と比べ、静であることも気に入っている。
趣味を持ち、仕事をして、社員選手としてつかんだリーグワン決勝は神戸Sに13-22と届かなかった。
「悔しいけど、神戸Sは強かった。プレッシャーが強く反則を重ねてしまいました」
PGの数は2対5だった。
その悔しさは今年12月に始まる新シーズンで晴らせる可能性が残る。戦力外通告は引っ込められ、岡田のシーズンはまたひとつ伸びた。ラグビーの愉悦に浸り続けられる。果報者であることは誰の目でも明らかだ。
