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【ラグリパWest】タイミング。大戸裕矢 [静岡ブルーレヴズ/新アシスタントコーチ]

2026.07.17

静岡ブルーレヴズで現役引退し、アシスタントコーチ就任が発表された大戸裕矢。運動量豊富な献身的なプレーが魅力だったが、これからはチームのためにより尽力する

 若かりし頃のサンタクロースは大戸裕矢のような笑顔だったのだろう。

 顔全体が波になり、雪を溶かすような温かさが広がる。大戸は36歳。「ミスター・ブルーレヴズ」として名が通る。

 大戸は先ごろのシーズンで現役引退を決めた。時を置かず、アシスタントコーチへの就任が発表された。

 ヤマハ発動機への入社、ラグビー部入部は2012年。チームは静岡ブルーレヴズに変わったが、生え抜きとして14シーズンを過ごした。主将もつとめた。

 社会人での選手人生を大戸は振り返る。
「幸せでした」
 187センチ、100キロのLOだった。身長は決して高くない。そこは運動量で補う。走り、当たり、すぐに起き、また走った。

 公式戦出場を示すキャップは176を積み上げる。略称「静岡BR」史上3位になった。トップは204の山村亮、2位は193の大田尾竜彦である。今、PR出身の山村はS東京ベイのスクラム担当コーチ、SOだった大田尾は母校の早大の監督になった。

 大戸はほほ笑む。
「じきにヒノちゃんに抜かれますよ。3つか4つほどの差ですから」
 日野剛志は同期のHOである。ともにこの青いチームを支えてきた。

 大戸は先のシーズン、全18試合に出場した。先発5、入替13。チームは7位だった。もうひとつ順位を上げておればプレーオフに出られた。2024-25シーズンは19試合中欠場1。チームは5位だった。

 まだやれる、そう思う人は多いはずだ。
「めちゃくちゃきかれます。タイミング? そう、それなんです」
 アシスタントコーチ就任の打診があった。来年もその申し出があるかはわからない。

 大戸は続ける。
「コーチは、なりたい、と言ってなれるものではありません。ただ、自分の映像を見ていると、まだやれんじゃね、と思ったりします」
 揺れ動く心を正直に伝える。

 その大戸はヤマハ発動機時代の栄光を知る。2014年度、日本選手権で優勝した。52回大会決勝はサントリー(現・東京SG)に15-3。大戸は3年目だった。監督は清宮克幸。セットプレーを軸に強化を図った。

 大戸が印象深いのはその前のシーズンだ。10月6日、トップリーグで東芝(現BL東京)を33-17で破った。LOで先発する。
「フィジカルが強く大きい相手に勝てました」
 相手LOは大野均。日本代表キャップは史上最多となる98を得ている。

 2019年には社員選手からプロになる。
「自分をラグビー選手として高めたかった。なってよかったです」
 日本代表にも選ばれた。初キャップを得たのはアジアチャンピオンシップ。その韓国戦は2017年4月22日にあった。

 大戸はLOで先発し、47-29の勝利に貢献する。キャップは計5を得た。スーパーラグビーに参戦したサンウルブズにも2シーズン加わった。ここまでの選手になるとは、立命館大から加わった頃には想像しがたかった。

 最初は練習生のような感じだった。高見澤篤は証言する。立命館大の副部長だった。
「チームの縮小を検討していた時期があり、試合形式の練習ができない、と参加要請が来ました。大戸ら数人が行きました」
 監督の中林正一はヤマハ発動機出身。話が通りやすかった。

 大戸は練習参加から、のし上がった。その理由が高校時代の大戸評からわかる。
「ひと通りのプレーができた上に、それらをさらに高めてゆきたい向上心がありました」
 高見澤ら大学首脳は大戸をスポーツ推薦で入学させた。

 向上心は社会人で日々の個人練習に形を変える。大戸は1年目を思い起こす。
「30分くらいやっていました。おかげでボールキャリーもワークレイトも上がりました」
 真正面に当たるのをずらすなど、フィットネスのみならず技術も上がった。

 その大戸が競技を始めたのは埼玉の熊谷ラグビースクールだった。小5である。
「1歳くらいからボールで遊んでいました」
 父の泰明は熊谷工のNO8だった。日大では主将をつとめた。その遺伝がある。

 競技は熊谷東中で続け、高校は同じ県内の正智深谷に入った。2、3年と連続して、開催会場から「花園」と呼ばれる全国大会に出場する。正LOだった。高3の87回大会(2007年度)は2回戦で準優勝する伏見工(現・京都工学院)に7-27で敗れた。

 立命館大では1年から公式戦に出場する。4年時は関西リーグ4位。大学選手権は48回大会(2011年度)だった。1回戦で関東学院に12-22で敗れる。この最終学年、大戸はケガもあってメンバーから外れる。

 その苦い経験も織り交ぜて、選手として名を成した。
「成長させてもらいました。強い人が引っ張るチームじゃあありません。その分、伸びる選手がたくさんいます」
 静岡BRの特徴を述べる。

 その言葉を裏づけるかのように先のリーグワンでは41人が出場した。
「ディビジョン1で一番たくさん選手が出たはずです」
 それはまたチームが固まっていないことを意味する。コーチのやりがいは十分ある。

 静岡BRは一芸に秀でたり、伸びしろのある選手を採用担当の西内勇人が見抜き、チームに導く。その選手たちを監督の藤井雄一郎をはじめ指導陣が鍛え上げてゆく。大戸はその文化の一員になる。

「ラインアウトやモールなどを教えることになると思うので、これまでのことが役に立ちます。チームに貢献したいですね」
 サンタクロースはプレゼントを渡す。大戸にとって、選手、チーム、ファンへの贈りものはそのコーチングだ。立場が違えども、自分自身を磨いてゆくことに変わりはない。

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