昨シーズンに続く第2弾だ。
リーグワン2025-26余話。
試合後のミックスゾーン(取材エリア)で聞いた選手たちの声を、シーズン終わりの区切りを利用して一気に届ける企画である。
白状すればその多くが、私が怠惰だったがために、タイムリーに世の中に出せなかったもの。それっぽいタイトルにすれば、過去に聞いた話でも読まれると踏んだ。
なので、褒められることではまったくないのだが、今シーズンもまあ、たまった、たまった。
ページ数が多くなるため、登場する選手たちを先に紹介したい。
1ページ目に三菱重工相模原ダイナボアーズのジャクソン・ヘモポ、2ページ目は同じくダイナボアーズの三宅駿と三重ホンダヒートの北原璃久、3ページ目はクボタスピアーズ船橋・東京ベイのアキラ・イエレミアと続く。
4ページ目はリコーブラックラムズ東京の笹川大五とパディー・ライラン、5ページ目は浦安D-Rocksの小嶋大士、6ページ目は豊田自動織機シャトルズ愛知の高島來亜、そして7ページ目がコベルコ神戸スティーラーズの今村陽良だ。
まずは直近のトピックから。5月30日、三菱重工相模原ダイナボアーズ×豊田自動織機シャトルズ愛知の入替戦を取材したーー。
ダイナボアーズのレジェンド。
ダイナボアーズはレギュラーシーズンで唯一取材の叶わなかったディビジョン1のクラブだった。
驚いたのは試合後の記者会見だ。リーグワンでは通常、登壇したヘッドコーチとキャプテンから試合について一言述べてから質疑応答に移る。
その総括をグレン・ディレーニーHCは、すべて日本語でおこなっていた。チーム関係者に聞けば、今季のレギュラーシーズンからおこなっているとのことだ。
この日は、第10節にふくらはぎの肉離れで戦線離脱していたNO8ジャクソン・ヘモポにとっての復帰戦でもあり、このチームで戦う最後のゲームだった。
WTBマット・ヴァエガの計らいで、試合終了間際のコンバージョンを任される。ゴール正面のショットを見事に沈めた。
黒衣のジャージーを5度も着たことのあるキウィは、脂の乗った26歳で日本行きを決断。トップリーグ昇格したてのチームに結局、7シーズンも在籍した。
「日本に来る前の年は、日本でプレーすることをまったく想像していませんでした。当時のヘッドコーチだった(グレッグ)クーパーに誘われた時も、少しだけ行こうかなと思っていたくらいです。想像以上に長く、楽しくプレーできたことを嬉しく思います。自分自身も成長できましたし、周りの選手が成長してくれたことも本当に嬉しかったです」
その間に日本人の妻をめとり、居を構えた湘南の地でのサーフィンも楽しんだ。「ここ数年は練習がハード過ぎて、あまりビーチを活かすことはできなかったけどね」と笑う。
ハイランダーズ時代から協働してきたディレーニーHCは、愛称ジャックスについて問われると、日本語でこう返した。
「そうですね。ジャックスと働くのはハイランダーズの時からだから、9年くらい前からずっと知ってる。素晴らしい選手。毎年、いつでも、タフで、フィジカルで、ビッグモーメントを生んでくれる。ダイナボアーズのレジェンドです」
賛辞の言葉をそのまま本人に伝えると、笑って否定した。献身的に動き続けた男の人柄が滲んだ。
「そう言ってもらえて嬉しいです。ただ、ケガをせずに100キャップまでいけたら、リンディ(真ダニエル)のよつな本当のレジェンドになれたかもしれませんね(自身は68キャップ)」
今後についてはこう述べた。
「次にどこで暮らすかは、ラグビー次第です。日本に残るのか、NZに帰るのか、はたまた別の国に行くのか、いろんなオプションがあります」
来季は自分のプレーも出す。
同日には司令塔の三宅駿にも話を聞いた。入団1年目で13試合に先発出場。10番を着続けた。
「フィジカルが劣勢の中で、どうゲームコントロールをするかを考えさせられたシーズンでした。中には惜しい結果もあり、10番としては1本のキックで勝利を逃したことを反省しています。そうした細かいところを徹底して、来季はとにかく勝ちたい。それができれば、トップ6も遠い話ではないと思います」
兵庫県神戸市出身。中学3年時にNZへと渡った。クライストカレッジ、カンタベリー大などを経てNPCのタスマン、カンタベリーで研鑽を積んだ。
青春時代を過ごした同地での永住権取得を目指している。そのため翌週にもNZに戻り、NPCでの出場機会を探るという。
「リッチー・モウンガやけが人の状況次第でチームに入れる予定です。そのあとはダイナボアーズにコミットします」
いわゆる逆輸入選手でいえば、今季は三重ホンダヒートの北原璃久も頭角を表した。
國學院久我山卒業後、こちらも海を渡った。オタゴ大でプレーした後、2021年から2季は日野レッドドルフィンズに所属。退団後は再びNZへ。帰国した2024年から1シーズンはAZ-COM丸和MOMOTARO’Sに在籍していた。
ヒートでは、今季定まらなかった正司令塔の座を後半戦からがっちり掴む。第9節の静岡ブルーレヴズ戦以降、全試合で10番を背負い、レギュラーシーズンで掴んだ7勝のうち5勝に絡んだ。
「最初から出たかったけど良い収穫でした。良い部分と悪い部分が顕著に出た。ディフェンスは周りからの評価も高かったです。SOはよく狙われますが、ドミネートはできないけどチョップタックルなどは通用しました」
一方で、「ゲームマネジメントに波があった。高いレベルを目指すのであればまだまだ経験を積まないといけない」と振り返る。
「もっと自分でもアタックしたいと思っています。今シーズンはつなぎ役の側面が強かったので、来シーズンは相手にとって脅威でありたい」
接近パスは強みだ。最終節のトヨタヴェルブリッツ戦で披露したそのスキルで、前半はトライを重ねられた。
「外側に良い選手がたくさんいるので、やるなとずっと言われていたんですけど…(笑)。今日は良い方向に働いたので、認められるようになりたいです」
移転先の宇都宮では、自身の強みを大いに発揮したい。
常に日本は戻りたい場所だった。
逆輸入とは言えないが、幼少期ぶりに日本に戻ってきたのがクボタスピアーズ船橋・東京ベイのLO、アキラ・イエレミアだ。
両親は日本人ではないものの、生まれが東京・府中のために日本代表の出場資格を持つ。来季のカテゴリ変更の煽りも受けない(A1でプレー可)。
ニュージーランドとサモアの代表選手として活躍した、アラマ・イエレミアを父に持つ。
アラマはかつてサントリーサンゴリアスでプレー。その時期にアキラは生まれた。父は引退後もサントリーでコーチを続けていたから、アキラも5歳まで日本で暮らした。
「サントリーのグラウンドで父と一緒に遊んだことは覚えています。当時の外国人選手のお世話をしてくれた方がアキラさんだったそうです。その名前をもらいました」
あれから15年以上が経ち、CTBだった父の身長を超える。194センチ、116キロと立派な体躯を誇るプロラグビー選手となった。
2022年にはNPCのウェリントン・ライオンズに入団。その2年後に、紙森陽太と加藤一希が期限付きでチームに加わった。
「二人のおかげでスピアーズと繋がりができ、自分のことを知ってもらえました。もともと海外でプレーしたいとずっと思っていましたし、常に日本に戻りたい気持ちもありました」
移籍1年目こそ1試合18分間の出場に留まったが、今季はレギュラーシーズン15試合に出場(先発7)、プレータイムは652分と飛躍を遂げた。
プレーオフでは負傷したルアン・ボタに代わって準決勝は先発に抜擢。決勝はタイラー・ポールが背負い続けた背番号6でピッチに立つ。
「プレシーズンでライオンズに戻り、試合を重ねられたことで自信がついた。試合のプレッシャーの中でスキルを出すことができました。チームメイトからの自分への信頼度も変わったと思います。積極的に喋るようになり、自我をもっと出すことを意識しました」
FWながら高いハンドリングスキルを魅せる。各国で代表コーチを担う父とのボール遊びで培った。
巨躯を生かしたボールキャリー、ラインアウトのジャンプも強みだ。
スピアーズではルアン・ボタ、デーヴィッド・ブルブリングのツインタワーから多くを学ぶ。
「ラインアウトマスターとして自分を支え、いろんなことを教えてくれました」
まだ24歳。活躍を続ければ、代表の2文字も見えてくる。
「呼んでくれるのであれば、絶対に出たいです」
師弟で支えたスクラム。
プレータイムを大きく伸ばした選手でいえば、リコーブラックラムズ東京の笹川大五もその一人だ。
タイトヘッドプロップとして第4節以降全15試合に先発。リーグトップの成功率を残したスクラムを牽引した。
過去2年はケガに苦しんだ。上腕二頭筋腱断裂でシーズンを全休したのが2シーズン前。昨季は太ももなどの肉離れを「4、5回」繰り返し、満足に出場機会を得られなかった。
プレーシーズンでの取り組みが奏功する。まずはマインドセットを変えた。
「頑張り過ぎないようにしました。いままでは、タックルで刺さりたい、スクラムを押したいという気持ちが強過ぎていた。もしかしたらそれがケガに繋がっていたかもしれません」
パッションという言葉が似合う。気持ちを前面に押し出すタイプだ。
「試合前も(気持ちを)上げようとしてきましたが、いまは抑える方向に…。意識しなくても勝手に上がるので(笑)。そうしたら、普段通り、練習通りのパフォーマンスを出せるようになりました」
師匠直伝のトレーニングも活きた。同じ右PRで今季からプレイングコーチとなったパディー・ライアンから指導を受ける。
「プレシーズンの全体練習が始まる前からフロントローだけはトレーニングを始めていました。パディーが実際にやっているメニューを落とし込んでくれた。キツかったですけど、結果がついてきたのでさすがだなと」
しばらくしてから、パディー本人にも聞いた。前倒しでシーズンをスタートさせたわけをこう解説する。
「うちのフロントローはみんな若いです。エキストラの練習が必要でした。上手くなるのは大変なことだし、強くなるのも簡単ではありません。ハードワークが必要です。みんなすごく頑張ってくれたし、それがいま結果として見えています」
どんな厳しいメニューを課したのかを問えば、「僕は37歳だから全部キツいよ」と笑う。
「ワットバイクを使ったトレーニングは結構やりました。フィットネスをしっかり上げたかったんです。フロントローはデカくないといけないし、強くないといけないけど、フィットネスも必要。ギリギリのところを狙っていくと言いますか、そのバランスが大事です。もちろん、スクラムもハードだったと思います」
新たな役職を得てより多忙になったが、その時間を楽しめている。カール・ホフトFWコーチ、タンバイ・マットソンHCの存在に感謝した。
「二人は僕のメンターで、(選手に集中したい)シーズン中はカールがコーチングを助けてくれます。良い人たちに囲まれているし、選手たちもみんな成長してくれたのでハッピーです」
来季も同じポジションで、チームに貢献する予定だ。
高校卒業は消防士…から一転。
続いては浦安D-RocksのFL、小嶋大士だ。
加入1年目の昨季は6試合に先発したが、今季は開幕から11節まで出番がなかった。ただ、コーチとの面談を通じて雌伏の時間を受け入れたという。
「自分の強みは運動量と接点ですが、フィジカルが足りないことに気づきました。こうしよう、ああしようと考え過ぎて一つのことに集中できていなかったと思います。もう一度、自分の一番の強みを出すことにフォーカスしようと」
自身の役割を明確にすれば、調子も上げられた。レギュラーシーズンは3試合の先発にこそとどまったが、ディビジョン1残留をかけた入替戦2試合にリザーブながら起用された。
185センチ、105キロ。地元の山梨をこよなく愛するFLだ。
小中までは野球少年だった。中3時の野球部引退後、季節部で初めて楕円球に触れた。「野球よりも向いていたと思います」。
そのまま日川高校でもラグビー部に入部。1年時から3年連続で花園を経験し、2年時にはU17日本代表にも選ばれた。
しかし、高校卒業後は消防士を志し、当初は3年で辞める予定だった。プランを変更したのは山梨学院大に誘われたからだ。地元に残れるなら、と現役続行を決めた。
大学でも1年時から先発出場を重ね、4年時には主将を務めた。それでもやはり、リーグワンへの挑戦を決めたのは「3、4年あたり」と遅かった。
「地元の友だちに迷っていると話したら、やれるならやった方いいんじゃない? と。軽い気持ちで言ってくれたのが逆に響いて。自分を試したいと思いました」
目標は同じポジションの繁松哲大(6月5日退団発表)。2学年上の先輩のように、激しいプレーで来季はより多くの出場機会を勝ち取りたい。
一度は諦めたラグビーの道。
豊田自動織機シャトルズ愛知の高島來亜も、もしかすると高校でラグビーを辞めていたかもしれなかった。
東海大大阪仰星高校卒業後、2023年に豊田自動織機に入社した。4月で4年目を迎える。
現在は共和工場の生技開発センター工機課に所属し、カーエアコン用コンプレッサーの組付け作業などに従事。オフシーズンには、産業用ロボットを扱うための研修も受ける予定だ。
184センチの大型SH兼ウィンガーとして、仰星では2年時から公式戦に出場した。花園優勝の瞬間もグラウンドに立った。
ただ、3年時もチームの戦術として後半でのインパクトを求められ、ベンチスタートが多かった。
その高いポテンシャルはとうとう大学のリクルーターの目に止まらず、高校卒業後は就職すると決めた。男3人(自身は末っ子)を一人で育ててくれた母にも負担をかけたくなかったからだ。
一度諦めたラグビーの道が開いたのは3年時の秋だ。
先にプロ契約でシャトルズへの加入を決めていた松田知恩に会いに来た採用担当に、湯浅大智監督が事情を説明。採用面接を経て入団が決まった。
「ラグビーを続けたいのが本音だったので嬉しかったですね。高いレベルにチャレンジできることも魅力でした」
いきなりレコードも作った。1年目の開幕戦で途中出場を果たし、リーグワン最年少出場記録を更新する(18歳8か月17日)。
昨夏にはU20日本代表にも選ばれた。
今季は主戦場をWTBに移しながらSHをカバー。入替戦2試合を含む9試合に出場、10トライをマークするなど結果を残した(第5節・日野RD戦では4トライ!)。
「ランでは自分の力をだいぶ出せてきていると思います。シャトルズに来て2年目あたりから、ランの感覚が掴めるようになりました。ルーク・ヴァス(S&Cコーチ)のスピードトレーニングでGPSの数値は上がりましたし、姿勢や足の使い方も学びました」
チームは今季、3年連続で入替戦に挑むも、三菱重工相模原ダイナボアーズを相手に2敗する。ディビジョン1昇格を逃した。
「またこの舞台に帰ってきて、次は絶対に上がりたい。個人としては、ダイナボアーズと戦ってもっとフィジカル面を向上しないといけないと痛感しました。オフシーズンでしっかり鍛えます」
出られなくても力になりたい。
最後に。レギュラーシーズンを初めて首位で通過し、初の決勝に臨むコベルコ神戸スティーラーズの強さの一端に触れたい。
教えてくれたのは29歳のFL、今村陽良(たから)だ。
今季はここまで6試合に出場、プレータイムも180分と、個人としては満足なシーズンではないが、気落ちすることはないという。
今季初先発を果たした第10節・浦安D-Rocks戦後にはこう答えていた。
「リザーブやメンバー外も多いですけど、いまは誰がメンバーに入ってもおかしくないぐらい良いポジション争いをしています。特にリザーブのメンバー選考はコーチ陣も悩んでいるのが伝わるし、選手同士も認め合えている。僕は僕で出番もらえたらときにしっかり100%の力を出せるように準備するだけです」
共同主将のブロディ・レタリックや李承信、そしてオールブラックスのアーディ・サベア、アントン・レイナートブラウンの存在も大きい。
「チームのために身体を張ってくれているリーダー陣の姿を見ると、自分らも力になりたいと思えます。2、3年前はメンバーから外れると気持ちが沈むこともあったのですが、いまは出ていない時はやり返すメンタルを持てているし、自分が出るときは周りのサポートに助けられているとも感じます」
デイブ・レニーHC体制の集大成を、6月7日に見せたい。
