2026年4月25日、宮地克実さんが天国へ旅立った。
享年85。突然の訃報に触れ、驚いた方が多かったに違いない。
宮地さんと言えば、1990年度の全国社会人大会決勝で、勝利目前に逆転トライを奪われたシーンを思い浮かべる人が多いだろう。
あの悲しげな表情は、今も多くのラグビーファンの記憶に残っている。
独特のダミ声での豪快な語り口、いかつい風貌、日焼けした笑顔も印象的だった。日本ラグビー史を語るうえで欠かせない存在であり、誰からも愛されたキャラクターだった。
筆者も宮地さんには取材などでお世話になったが、忘れられない思い出がある。
もう、15年ほど前になるだろうか。宮地という姓の知人に電話をしたときのことだ。
「はい、もしもし」
ダミ声だった。ハッとした。電話帳のひとつ前の名前を押していたのだ。用事を探してみたが思い浮かばず、正直に間違いを詫びた。
すると優しい言葉が返ってきた。
「おお、そうか、どうや、元気にしてるんか」
なんて優しい人なのだろう。筆者が司会を務めるトークライブに出演してもらったこともあったが、宮地さんから見れば、それほど親しい感覚はなかったはずだ。
すぐに電話を切ってもいいのに、恐縮しているこちらを気遣って少し話をしてくださった。
ラグビーマガジンに追悼文を寄稿することになり、長男の克徳さんにお話を聞かせていただいた。
克徳さんは父も汗を流した造園業の植清園の代表取締役専務を務める。
間違い電話のエピソードを話したら意外な答えが返ってきた。家ではとても厳しかったというのだ。
追悼文では紹介できなかったエピソードを記しておきたい。
「ラグビー関係者の方々からは、細かい気遣いのある繊細な方だというお話を聞きますが、長男としては、まったくそんなことは感じませんでした。家に帰ると怖い顔をして座っているし、顔色をうかがって生活していた感覚があります」
幼いころにラグビースクールに通ったあとは、中学、高校ではサッカー、大学ではアメリカンフットボールと、ラグビーは避けていた。
父が息子のように可愛がる選手たちに嫉妬したこともあった。
しかし、社会人になる直前、当時、三洋電機のキャプテンだった飯島均さんに誘われる。これを機に克徳さんは強豪・三洋電機でラグビーを始めることになった。
父はあまりいい顔をしなかったという。それでも、全体練習後に一対一でスクラムを組むなど、元日本代表プロップとしてアドバイスをしてくれた。
公式戦にも出場できるようになったが、面と向かって褒められたことはないし、そんなそぶりもなかった。
ただ、母親には初めて試合に出た息子のことを「よう走って頑張っとったわ」と話していたという。
「こういうことなのかな、細やかなっていうのは。ラグビーをしている間にそれは感じられたので、良かったと思います」
克徳さんは5年間プレーし、6年目に入るとき、トレーニングに明け暮れながら突然心が折れて引退を決意する。
引退する選手は事前に発表され、シーズンの納会で記念のジャージなど受け取るのだが、克徳さんの引退は納会で突然発表された。
会場を後にすると、父から着信があった。すぐに出られず、留守番電話を聞いてみると、父の声が一言だけ入っていた。
「お疲れさんやったな」
克徳さんは涙をこらえることができなかった。父はいつもラグビーで忙しく、家族旅行の記憶は少ないが、小学校2年生の頃に海に連れて行ってもらったことがある。
「8月の下旬で波も高かったのですが、気にせず妹と海に入ったら強い波で沖に流されてしまったんです。まずいと思ったら、父に腕をつかまれました。先に妹を助けていて、2人を抱えてぐいぐい泳いで岸に戻ってくれました。すごいなって思いました」
いま思えば夏合宿などで忙しい合間を縫っての家族サービスだった。父のたくましさが強烈に印象に残った思い出である。
生前、最後に観戦したのは、2024年のリーグワン決勝だった。堀江翔太のパスがスローフォワードと判定され、ワイルドナイツが優勝を逃した試合である。
逆転トライに沸いたのも束の間、映像判定でトライはキャンセルとなった。
「逆転した時は父も喜んでいました。でもトライが取り消されると、こんなもんやな、という感じのことを言っていましたね」
それもまた、宮地克実らしい最後の観戦だったのかもしれない。多くを語らずとも、父は息子に人生の楽しさ、厳しさを背中で教えていた。
克徳さんは、父が天に召されたとは思っていない。その言葉で今回のコラムを締めたい。
「人が亡くなると天に召されると言いますよね。通夜の前日、夜空を見上げたら月がラグビーボールのように見えました。僕も感傷的になりましたが、父にはそんなロマンチックなことは似合わないと思ったんです。宮地の地は地面の地です。たぶん父はグラウンドにいて、選手のスパイクにしがみついて、頑張れ、踏ん張れって言っているんじゃないかなと。父は天ではなく、地にいる。地面に帰ったのだと思います」
