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【ラグリパWest】快男児を作る。櫟原雄樹 [兵庫・甲南中学校・高校/ラグビー部監督] 

2026.04.27

昨年4月、兵庫の私立、甲南高校・中学校に保健・体育教員として赴任した櫟原雄樹さん。同時に1923年創部のラグビー部の監督に就任した。櫟原さんは福岡・光陵から大体大に進んだ38歳。現役時代はWTBとして、1年時には大学選手権4強を経験している

 櫟原雄樹は快男児を作る使命を託された。姓は「いちはら」と読む。

 ラグビー部のエンジの横断幕には、<起て 甲南の快男児>と白で大書されている。この色合わせはジャージーも同じ。胸元が白い。エンジはスクールカラーでもある。

 昨年4月、櫟原は兵庫県にあるこの甲南高校・中学校の保健・体育の正教員になった。同時にラグビー部の監督にもつく。38歳。大阪体育大学の時代は快速WTBだった。

 櫟原のあごは楕円球。その顔は整う。
「楽しみながら、教えています。ここに来させてもらって、よかったです」
 江戸時代の火消し、若い頭(かしら)のイメージが漂う。思慮深くありながら、いざとなれば火水を恐れることはない。

 高校の主将は余田匡太(よでん・きょうた)だ。3年生。教わって2年目に入った。
「先生はチームをよく見ています。フォローが遅いね、とか的確に、優しく話してくれます。ガツンとくることはありません」
 余田は177センチ、86キロのCTBだ。

 甲南は中高ほぼ一貫。普通科の私立男子校だ。各学年は5クラスでコースは2つ。学校は日本でも有数の高級住宅地、芦屋の高台にあり、青い大阪湾が一望できる。その創立は1919年(大正8)。ラグビー部の創部は5年後だ。旧制中学の時代である。

 この中高は甲南大学を含めた10年教育を前面に押し出す。同じ学校法人のため内部進学が可能だ。大学は<関関同立>の次の<産近甲龍>を京都産業、近畿、龍谷と形成している。他大学を受験することも可能だ。

 この中高の正教員として、櫟原は三次の試験をくぐり抜けた。募集理由はサッカーの顧問が65歳の定年に達したためだった。その補充にラグビーの櫟原が選ばれる。

 櫟原には色々な強みがある。略称「大体大」を卒業後、専門学校に3年通い、柔道整復師の免許を手にした。
「赴任してから、中高の生徒の脱臼を入れました。6人くらいですかね」
 背泳で肩は抜けたりもする。櫟原がいなければ、救急車を呼ぶなど、大騒ぎになる。

 専門学校を卒業後、この甲南で5年、非常勤講師をつとめた。
「学んだことを同時に試したくなりました」
 今は2度目の赴任。この中高を知る。その後、現場を大阪の市立中学に変える。7年教えた。授業を持ち、ラグビーを見て、生徒指導や困りを抱えた子の支援学級も担当する。

 櫟原は今、中2の担任をつとめる。保健と体育の授業は中高で週19時間を受け持つ。
「櫟原先生は抜群です」
 南屋大は言い切る。前のラグビー部監督で、櫟原と同じ保健・体育教員だ。

 南屋は53歳。櫟原の赴任にあたり、24年間指導したラグビー部からサッカー部に移った。席を空けた。ラグビーの自己犠牲の精神を体現した。

 そのラグビーを櫟原が始めたのは福岡の県立高校、光陵である。開校と創部は同じ1980年(昭和55)だ。
「中学では野球をやっていたのですが、その顧問にすすめられました」
 全国大会の出場はない。県内には東福岡を筆頭に強豪校がたくさんあった。

 大学は九州を離れ、大阪にゆく。大体大を選んだ理由を話す。
「強いところでやりたかったのです」
 櫟原の1年時、チームは大学選手権で4強に進む。43回大会(2006年度)だった。優勝する関東学院に3-34で敗れる。

 監督の坂田好弘は櫟原と同じWTB出身だった。日本代表キャップは16。60年ほど前、ニュージーランドにラグビー留学をして、最強だったカンタベリー州代表に初めてなった。今のクルセイダーズの前身である。そこから「世界のサカタ」という異名がついた。

 櫟原は坂田の教えを覚えている。
「イン・アンド・アウトやストップ・アンド・ゴーなんかでした」
 内に切れば、すぐ外に。そのまま内に行けば、いずれ守備者に捕まる。そして、止まれば、相手も止まる。その瞬間、先に動き、振り切る。それらを甲南生に伝えたい。

 大体大の一学年下の後輩たちは高校の指導者として頭角を現し始めている。大阪桐蔭の山本健太、常翔学園の白木繁之、徳島・城東の伊達圭太(旧姓・鎌田)、名護の田仲祐矢らである。山本は部長、3人は監督だ。

 4月19日には常翔学園に練習試合を組んでもらった。常翔学園は冬の全国大会出場43回、優勝は5回を誇る。まだ、Aチーム(一軍)は出てこないが、このマッチ・メイクができるのも櫟原ならではだ。

 甲南の冬の全国大会出場はない。県内では報徳学園と関西学院の2強が抜けている。予選決勝進出は4回。最後は88回大会(2008年度)だった。11-14で報徳学園に敗れた。南屋が監督だった時である。

 櫟原はまず足元を見つめる。
「最終的な目標は全国大会です。でも、現状では2強と対戦する前に負けている。まずはベスト4に入らないといけません」
 昨秋の105回全国大会の予選は8強敗退。彩星工科に10-27だった。

 そのためには、櫟原が最長6年に渡り指導できることも追い風になる。今は中高生が一緒に練習している。中学生は新入生をのぞき13人。高校生は余田をはじめ23人いる。

 年明けの新人戦(近畿大会予選)は2ブロック制の4強戦で棄権した。学校主催の短期留学があり、15人に満たなかった。5月23日には県民大会(春季大会)を迎える。昨年は8校構成の上位プールに入ったが、神戸科技高に0-66と4強戦に進めなかった。

 今年の県民大会はシステムが変わり、甲南は決勝トーナメントの1回戦からの出場になる。勝てば8強戦でシード校の報徳学園と対戦する。櫟原は高校生を高みに導きたい。
「彼らは素直で純粋です。ラグビーを楽しんでやってくれています」
 留学は終わり、新入生も入った。人数難はない。1年の経験を積み、ベストで挑める。

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