10以上のルーツを持つ多国籍なクラブとして知られる東洋大学ラグビー部。その中でも異色な経歴を持つラガーマンがいる。
永吉天馬。この春、鉄紺の門を叩いた1年生だ。
磨き上げたキック精度と優れた戦術眼を武器に、スペースを見極めながら的確にゲームをコントロールするスタンドオフである。
大分県大分市出身。永吉のラグビー史の始まりは2歳まで遡る。八百屋を営む父・一哉さんがコーチを務める、地元の大分舞鶴ブラックスジュニアに通い始めた。
「(当時を)あまり覚えていないのですが、最初は練習を嫌々やっていました」
園児の頃に一度グラウンドを離れた。5歳で再び楕円球を手にしてからも、ラグビーに夢中になっていたわけではなかった。
一転して熱中するようになったのは、チームメートの存在があったからだ。
ともにボールを追いかけ、走り回った時間が、ラグビーの楽しさを教えてくれたという。
気づけば生活の中心にラグビーがあった。週末の練習だけでは満足できず、暇さえあれば楕円球を手にして自主練に励んだ。
テレビをつければ、常にラグビーの試合を観戦した。その中で心を奪われたのが、オールブラックスだった。
「オールブラックスになって世界で活躍したいと思いました。両親からは、『やるからには1番上を目指せ』とよく言われてきたので、1番上ならオールブラックスしかない、と」
その夢を叶えるため、ニュージーランドへの長期留学を志した。
小学5年時にはオークランドに1週間の短期留学を経験。現地のクラブチームで練習に参加したことが、決断を後押しした。
「ここでやった方が上手くなる、と思いました」
小学6年の1月、ついに海を渡った。卒業前に留学したのは、現地の中学校は2月に新学期が始まるからだ。
高校に通う間に、期間が延長されそうだった当時の代表資格要件である継続居住をクリアしたかった。
中学はコブハム・インターメディエイト・スクールで2年間を過ごし、高校は憧れのダン・カーターをはじめ、もっとも多くのオールブラックスを輩出しているクライストチャーチ・ボーイズハイスクールに進学した。
目標は1軍入りだった。
「8試合に出場したらキャップがもらえるのですが、そのキャップがどうしても欲しかったんです」
ひたすら練習に打ち込んだ。チームの練習だけで飽き足らず、セントビーズカレッジOBの大畑勇太さんに頼み込み、プレー動画のチェックを受けながらスキルを磨き続けた。
2023年シーズン終了後には、U16カンタベリー州代表に選出された。
しかし、現実は厳しかった。1軍候補に名を連ねながら、なかなかメンバー入りを果たすことができなかったのだ。
「人一倍練習を重ねてきました。(全体練習後も)一番最後まで残ってキックの練習をしていました。3軍ではありますが、BKのMVPをもらえて成長できた部分もあったんです。今度こそ(1軍に)行けるだろうと思っていましたが、また3軍という結果になってしまって…」
「ラグビーを諦めようかな」。そう思ってしまったこともあった。
それでも、留学を選択したことに後悔はない。
「日本にいたら挫折をしなかったかもしれません。落ち込んだ時にどう立て直すかなど、いろんなことを経験できました。NZに行ってよかったです」
心機一転、将来の夢もあらためた。
「諦める形にはなってしまったですけど、『オールブラックスになれない』と思ったときに、そこで止まったら終わってしまう。この考えでやっていても上手くならないし、プロにもなれない。厳しい世界を経験したからこそ、日本代表になって世界で活躍し、有名な選手になりたい。この夢なら、当初の夢(世界で活躍すること)と変わらないのかなと思いました」
苦い経験を経て進学先に選んだのは、関東大学リーグ戦1部に所属する東洋大。
進路を考え始めた頃は、選択肢になかったというが、福永昇三監督からスカウトされた際の言葉が心に響いた。
「高校で目立っていなくても、上を目指す意識がある選手を集めれば強い集団になる」
その言葉を、自身の姿と重ねた。
「ここなら、リーグ戦、対抗戦関係なく日本一になれると思いました」
10月に受験して同期より5か月もはやく入寮。練習に参加しながら、14-29と帝京大に奮闘した全国大学選手権3回戦も応援席から見つめた。
「あの試合を見た時、日本一になれるとあらためて思いました。この大学に来て正解だった、と」
目標に向かって突き進むため、部屋の壁には入寮した頃に刻んだ3つの言葉がある。
「東洋が僕を見つけてくれたことに感謝する」
「目標を忘れない」
「ここに来た理由はなに」
初心を忘れないためだ。
「NZでは目立つ選手ではなかったけど、東洋が自分を見つけてくれた。プレーをする機会を作ってくれました。そのことに感謝しながら、チームの目標と、自分はここに何をしに来たのかを忘れないようにという意味を込めて壁に貼っています」
成長を続ける東洋大は、目標に「日本一」を掲げる。対抗戦のチームが長らく大学ラグビーの覇権を争う中、永吉はリーグ戦から頂点を目指すクラブで仲間とともに汗を流している。
「リーグ戦全勝優勝はもちろんですが、日本一以外は考えていません。一番練習して、一番活躍して、一番尊敬される人でありたい。チームメートから『天馬に任せておけば大丈夫』と思ってもらえる選手になるためにいまは頑張っています」
その先に見据えるのは、世界の舞台だ。
「チャンスは少ないとわかっていますが、大学在学中に日本代表になって世界で活躍することが目標です。卒業後も日本代表で活躍し続けて、将来はスーパーラグビーに行きたい。ここ(東洋大)なら、それが叶えられると信じています」
夢を語るその瞳に、迷いはなかった。
