薄桃色。春にぴったりの髪色だ。自宅でひとりブリーチと染色を施したらしい。
「桜!」
ラーボニ・ウォーレンーボスアヤコが笑ったのは4月4日。九州電力キューデンヴォルテクスの一員として、ジャパンラグビーリーグワンの第10節を制した直後のことだ。
雨に降られた千葉・柏の葉公園総合競技場で、ホストチームのNECグリーンロケッツ東葛を1点差で上回った。22-21。2連勝を手繰り寄せた。
最後に勝ち越す約10分前にあたる後半23分頃、自陣ゴール前左で相手のモールを止めた。塊に通称「ボニー」が身体をねじ込んだことで、事なきを得た。
身長188センチ、体重103キロのNO8はこうだ。
「疲れた時にはいつも、ファイトし続けるか、諦めるかのチョイスがあります。ここで自分たちのスコッドがハードワークするのを信じていました」
前側のメンバーはスクラムでも奮闘した。特に、リザーブの第1列が登場した途端にそれまでの劣勢ムードを払しょくできたような。
塊の最後列にいたオージーは、そこに携わったそれぞれの貢献を讃えた。
「最初に出ていたフロントローもよかった。ベンチのメンバーはその様子を見て何をすべきかを把握し、それを発揮してくれました。層の厚さを見せられました」
16歳で競技を始め、オーストラリア高校代表となった30歳。日本とも縁があり、初来日した2016年に浦安D-Rocksの前身にあたるNTTコミュニケーションシャイニングアークス浦安・東京ベイへ加わっていた。
’17年からの3シーズンは、この国からスーパーラグビーに参戦していたサンウルブズにも在籍。当時は連続3年以上の居住で他国代表になれたから、‘19年のワールドカップ日本大会でのジャパン入りを目論んだ。
結局は一時帰国の期間などが影響し、世界的祭典への参加を叶えられなかった。’20年に宗像サニックスブルースで戦ってからは、母国のワラターズ、フォース、フランスのブリーヴを渡り歩き、昨年12月からのリーグワンで久々の日本復帰を果たしていた。
「日本代表としてプレーができず、(一時は)家族の近くにいる選択をしました。ただ、いつか再び日本でプレーしたいとずっと思っていました。チャンス(キューデンヴォルテクスのオファー)をいただけた時、考える間もなく『戻る』という決断をしました。過去、ラグビー選手としてもっとも経験を積めた場所が日本だと思っていて、それを自分の大きな一部にしています」
開幕前には、責任企業への感謝を口にしていた。
「会社の従業員の方たちにも、温かく受け入れてくれました。企業とクラブが結ばれている印象を受けます」
キューデンヴォルテクスに多くいる社員選手が午前中に出社し、午後にグラウンドへ集まっていることへは感銘を受ける。プロ選手として「彼らをどうヘルプするかも役割だと捉えています」。朝から働き、やや疲弊して合流してくる仲間を活気づけるよう、元気に明るく振る舞う。
