ラグビーリパブリック

コロナ禍に楕円球と出会い、合同チーム経験。白鷗大・山本真叶、JTS自薦で広げる未来。

2026.02.25

山本真叶[白鷗大/PR・HO](筆者撮影)

 人と似ていない道を走って一流になりたい。

 白鷗大ラグビー部3年の山本真叶が決意したのは昨年末。大学生世代強化のために約2年前発足のジャパン・タレント・スコッド・プログラム(JTS)が、選手を公募していると知った。

 普段は関東大学リーグ戦2部で戦う。卒業後の国内リーグワン参戦を目指しているから、日本代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチ肝いりのこのプロジェクトに乗らない手はなかった。

「ラグビー、大学で終わりたくない気持ちがあって。でも、2部だとJ SPORTS(スポーツ専門チャンネル)での配信もないですし、目につくことがあまりない。そんななかタイミングよく公募がされていて…。最初は悩んだんですが、やってみようと」

 身長172センチ、体重107キロで、最前列の左PRとHOというふたつのポジションをこなす器用さなどをアピール材料にした。ほどなく「トレーニングスコッド」の扱いによる合格通知をもらい、2月10日から約1週間ある別府合宿に参加。23日以降の東京合宿にも呼ばれ、同世代のエリートたちと切磋琢磨する。

「毎日、自分が一番下だと思って練習しています。ここでしか得られない(ものがある)」

 福島県に生まれた。幼稚園の年長だった2011年3月11日、東日本大震災を経験した。ちょうど「お昼寝」の時間だったが、もともと「寝ない子」だったため起きたまま揺れを感じた。

 泣いている子どもがたくさんいたと記憶する。保護者に迎えられて帰った自宅の壁には、亀裂が入っているのを見つけた。ドアを開けて中に入ると、食器が全て割れていた。

 まもなく小学校に上がってからも、余波を体感した。原発事故に伴う放射性物質の拡散が心配されたためで、室内に作られた砂場で遊ぶことが多かった。

 これは楕円球と出会うよりも、ずっと前のことだ。時を経て体育会系学生として各地の同世代と触れ合ったうえで、自身の足跡についてこう言葉を選ぶ。

「よい経験ではないですけど、人とあまり違うようなことができたとは思います」

 現在のキャリアは突然スタートした。もともと野球少年だった山本は、松韻学園福島高へ進むタイミングで2020年のパンデミックに直面する。

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ名目で、長らく外出を自粛した。このタイムラグに背中を押され、新しい分野に挑みたくなったのか。もともとワールドカップなどを通して知っていて、周りの先輩も親しんでいたこの競技に転向することにした。

 もしも当時、通常通りの日常が止まらなければ、そのまま白球を追っていたかもしれなかった。

「(ラグビーは)やるごとに勉強になるというか、終わりが見えないところがいいと思います」

 高校1年時はチームの全国大会出場に喜びながら、メンバー外だったため無観客の会場へは入れず。宿舎で先輩たちの試合中継を見た。

 自らの足で会場の東大阪市花園ラグビー場へ立ったのは、3年時である。少人数のクラブの選手がピックアップされる「全国高等学校ラグビーフットボール大会 第15回U18合同チーム東西対抗戦」の「U18高校東軍」の一員としてプレー。ラストイヤーは、新1年生が入ってくるまでの間は他校と合同チームを組んでいた。

 白鷗大には、高校でよくトレーニングに出向いていた縁から入学。JTSのトレーニングスコッド入りは、元プロ選手のトーマス優デーリックデニイ監督や部員に喜んでもらえた。

 新しいスポーツを始めて6年が経過したいま、もっと大きな舞台に立つための第一歩を踏み出している。
 
「足りないところを少しでも皆と同じ基準にすることが、この(JTSの東京)合宿での目標です。あとは、少しでも白鷗大のことを知ってもらえるきっかけになれば」

 JTSのキャンプは3月いっぱいまで計4回あり、4月の23歳以下日本代表オーストラリア遠征を直近のターゲットとする。

Exit mobile version