明治安田ホーリーズは1930年に設立されたラグビーチームで、まさに名門と呼ぶにふさわしい伝統あるチームだ。しかし所属企業のサポートとしては特に選手強化をおこなっているわけでなく、入部希望者だけで構成され当然外国人のプロ選手などいない。練習も仕事優先ということで土日のみに限られている。客観的に見て強豪ひしめくトップイーストにおいてなかなか厳しいチーム運営のように感じられる。
しかし今シーズンはAグループに昇格した勢いもそのままに、ここまで1勝2敗と、まだまだ3位以内を狙える位置につけている。それはすなわち全国社会人順位決定戦の出場が射程圏内にあるということだ。その強さの秘密を探るべく第4節の対クリーンファイターズ山梨戦を取材した。
あいにく小雨がパラつくなか始まった試合は、山梨が明治安田の立ち上がりを攻め、開始8分までに2トライを挙げる。今シーズン若手の台頭で勢いのある山梨、このまま一方的な展開になるのではないか。そんな空気が流れ出したが、ここから明治安田のディフェンスがガッチリと機能しはじめる。
「うちはディフェンスのチーム」と言い切る明治安田高橋優一郎キャプテン(日本大)。その本領が徐々に発揮され始めると、攻撃の動きもにわかによくなってくる。前半2トライを返し得点こそ12-23とリードされたもののトライ数で互角のまま前半を終えた。
「私たちはラグビーが好きだからここに集まっているので、週末しかない練習もそれをいいわけにせずに各自トレーニングもがんばるという意識でやってます」(高橋)。言葉だけ聞くと、ラグビーが好きで週末に集まって体を動かしているような、ちょっとふわっとした集団を想像してしまいそうだが、そんな生やさしい練習ではなことは明治安田の各選手の「仕上がっている」体を見れば一目瞭然だ。
「ラグビーが好きな奴が集まっているので、仲間内も厳しいんです。グラウンドでいい加減な人間はチームをやめてもらっています。人数も少ないなかですが、そこがいい緊張感にもなっていると思います」。奇しくも長田悟ヘッドコーチも高橋と同じ「好きな奴が集まっている」と自分たちを表現した。しかしここでの「ラグビーが好き」という言葉は、我々の使うそれよりもはるかに純度の高いものを意味していそうだ。
「仕事ができる奴はラグビーでもがんばるんです。グラウンドでいい加減な奴は仕事もできない、という法則があるんです。僕らは一生懸命仕事でも頑張り、ラグビーでも輝く、ということを目標にやっています」(長田)
例えば先の高橋キャプテンの場合、入社11年目で今では管理職になって25人ほどの営業チームを率いているとのこと。25人の管理職ともなればなかなかの大所帯、しかも営業チームとなれば売り上げの重圧もあるだろう。さらに明治安田というブランドを背負って恥ずかしくない人材を育て上げる管理職という立場だ。控えめに言ってかなりのハードワークであることは容易に想像がつく。
ここで我々なら「平日仕事で頑張ったから、週末くらいはリラックスして楽しく」と行きたいところだ。しかし明治安田は違う。その平日においてすらも「週末の限られたラグビーの時間に輝くために」自らトレーニングで苦しい思いをしているのだ。
この話を聞いて筆者は鉄から鋼(はがね)をつくる工程を思い出した。鉄を精錬して鋼を作る時、酸素と石灰石を加える。一見すると異なるものを加えてしまうように見えるが、そこでおこる化学反応で却って鋼の純度は高くなるという。
高橋をはじめ明治安田の選手にとって仕事はまさにラグビーの純度を高めるために必要な異なる時間であり、そこでおこる化学反応が彼らのエネルギー源になっている。これがどうやら明治安田の強さ、いや仕事をすることが前提のトップイーストというリーグの強さなのかもしれない。
試合に目を戻すと、パラついていた小雨は後半には本降りになり、その雨足に合わせるかのように明治安田の攻撃も激しさを増す。ブレイクダウン直後にはもうオフェンスの体制ができていて即座にSHが球出し、突き刺さるように前に出る。時間帯的にもう足が止まってもおかしくないのだが、明治安田はまるで何かに取り憑かれたかのように前に進み続けそして愚直にフェーズを重ねる。後半32分、トライ&コンバージョンキックでついに24-23と逆転。まさに明治安田の高純度なラグビーが輝きを放った瞬間だ。
しかし、ラグビーの神様が用意したシナリオの結末は明治安田には少々厳しかった。ロスタイムに入った42分、自陣で痛恨のペナルティ。山梨FB具志堅竣祐(山梨学院大)が冷静にこれを決め、24-26と山梨が再逆転。
具志堅はこの日4本のPGを決め、明治安田の前に立ちはだかった。今年の新卒選手ながらそのキック力でもう山梨にとってなくてはならない存在となっている具志堅は、地元山梨の山梨中央銀行に勤める。金融マンとして何かと覚えることの多い1年目だが、仕事終わりにはグラウンドに飛んできて師匠の清水晶大(関西学院大)らから貪欲に学んでいる。山梨もまたラグビー純度の高い男たちが集う土地だ。
「もしかするとトップイーストはリーグワンより難しいことをやっているのかもしれません」。試合後長田HCは仕事とラグビーの両立についてそう口にした。無論リーグワンにはリーグワンとしての厳しさがあって、絶対的な競技力としてまたレベルの違う世界を追求している。しかし、この試合の両選手のプレーからトップイーストならではのなにかが観客に伝わったようだ。ノーサイド後、雨の中をいつまでも拍手が鳴り止まなかった。
勝利した山梨は第4節を終えて2勝2敗で勝ち点8で暫定の3位。敗れた明治安田もボーナスポイントがついて勝ち点5で4位でのシーズン折り返しとなった。