今年のライナーズは一味違う。そう思わせてくれる雰囲気がある。
キーワードは「TNT」。今季のチームスローガンである。太田春樹監督の元、選手・スタッフ共に若返りを断行したチームは、土台となるカルチャーの再構築に着手する。新チームスタートから2ヶ月が経った現状に迫る。
「TNT」に込められた想い
今季のライナーズのチームスローガンは【「TNT(Takes no Talent)」=才能は必要ない】である。「泥臭く、粘り強く、魂のこもったプレー」というライナーズの真髄を取り戻す重要なスローガンだ。生まれ持った才能に頼らず、一人ひとりが自らを律し、自らをコントロールできる部分で100%の努力を惜しまないチームになる。それが指揮官の求めるチームの姿だ。
ともすれば当たり前のことを言っているのかもしれない。ただ人間は弱い生き物だ。楽な選択をしてしまう。
だが、今年のライナーズはそこを許さない。個人の小さな、ちょっとした甘えが大きなひずみにつながることを知っているからだ。
チームがうまく機能せず、結果を出せない苦い経験をしている。
TNTは「Team no Tameni(チームのために)」をも表す。選手だけではなく、コーチ、スタッフ、ライナーズに関わる全員がチームに貢献する。そのために自らハードワークをすることが求められる。
「これまでは現場とスタッフとがワンチームではなかった。チームに関わる者すべてが同じ方向を見ている、そういうチームを作りたい」
徹底を貫くカルチャーづくり
これまでのチームは決まり事を徹底して遂行する、やり切る力が無かった。いつの間にか形骸化してしまうルール、規律を守り切れない。そんなチーム状況に危機感を覚えた。
太田監督はまずはカルチャーを再構築することから着手した。コーチ、スタッフ、選手ともに大きく入れ替えを決行したこのタイミングでしか成し得ない。そう覚悟を持って臨んでいる。社員として選手としてそしてコーチとしてずっとライナーズに、近鉄にいるからこそ見えている景色がある。これまで考えてきたこと、準備してきたことを覚悟を持って実行する。
「監督になった今、準備してきたことを全部出し切りたい」
そう決意を口にする。
行動を変えて意識を変える
リーグワンのチームでは異様な光景かもしれない。チームが掲げるスタンダードを体現できていないとコーチが判断した場合、すぐに「ダウンアップ」の指示が飛ぶ。自分たちで決めたルールや基準を守ることを徹底するための“合図”だ。一つの事象に対して10回、ラグビー経験者ならおなじみの“バーピー”が課される。厳しさの中にも「自らを律し、チーム力を高める」という意識を根付かせる。
「選手たちも最初は戸惑っていたと思いますよ。チーム始動直後は70回連続でやらせたこともあります」
脳科学の世界では行動が変わることで意識が変わると言われているそうだ。強制力を持って行動を変えさせることで、ルールを順守することへの意識が高まる。そしてそれが習慣になる。
「逃げずにやり切る力を付ける」
指揮官からのメッセージでもある。中途半端にはしない、徹底する。ここは決して妥協しない。
新チームになって若返りを図ったチームの雰囲気について「若手も多いので、どんどん盛り上げたい。練習もかなりキツイけど楽しんでやっています」と3年目のシーズンを迎えるFL梅村柊羽は答える。
SH人羅奎太郎は「選手自らが主体性を持って取り組めている点が去年までと違うところ」と話す。ベテランの域に入ってきたFL野中翔平は「あくまでベクトルは自分たちに向けなければいけない。しんどい時に人に向けたのでは成長が止まってしまう」。これまで苦しいシーズンを戦ってきた男にも覚悟が見える。
カルチャーキャンプで自分たちを知る
9月15日~17日にかけて「チームビルディングと自分たちのカルチャーを見直す」ことを目的としたキャンプを三重県・伊勢志摩の地で決行した。特別講師として、かつてライナーズのコーチを務めた今田圭太氏を招請。このキャンプにスパイクは不要、つまりラグビーの練習は一切ない。自分たちを内省することに時間を最大限使った。
この“伊勢志摩”という土地にも監督のこだわりがある。伊勢志摩は近鉄グループを象徴する土地の一つ。宿泊先には近鉄グループの『都リゾート奥志摩アクアフォレスト』を選んだ。「自分たちが近鉄グループの一員であることを意識づける機会にもなる。」そう考えてのことだ。
このホテルでのキャンプは実に11年ぶり。グループへの帰属意識を高める狙いには、社員選手としてラグビーと社業を両立してきた太田監督だからこその思いがある。
「お客様が乗車料としてお支払い頂いた数百円、近鉄グループを利用して頂いたその積み重ねが自分たちの活動費になっている、この環境に感謝の気持ちを持ってほしい」
キャンプでは近鉄グループにとってのライナーズの存在意義、チームの歴史、目に見えないチームの癖や習慣を言語化し、全員で共有した。そして改善されているところ、まだ伸ばせるところを出し合った。
チームビルディングではチーム対抗のアクティビティを実施。アクティビティと言えば聞こえはいいが、内容は4時間にも渡るかなりハードなレースだ。オリエンテーリングさながらチームで課題をクリアしながらゴールを目指す。
それぞれの課題はスタッフが考案。通訳やS&C、メディカルスタッフも参加しALLライナーズでのコネクションを強化した。道中は丸太を持っての行進、英虞湾では1時間にも及ぶカヌーレースも繰り広げられた。
「チームが始動して約1ヶ月半のタイミングで、少し勢いが落ちてくるところを狙っていました。ここでコネクションを高めて、もう一度加速させていく、そういうフェーズです」
今後トレーニングの強度も高めるためにも重要なキャンプと捉えている。
ハルカス登頂──“やり切る”体験
太田春樹の企画はまだ続く。9月26日、ホーム花園からあべのハルカスまで歩行・登頂をする「決起ウォーク」を実施。約12Kmの行程である。
あべのハルカスもまた近鉄を象徴するシンボルである。自分たちも近鉄のシンボルとなる、そういう決意が込められている。
午前の練習を終えた選手、スタッフは昼食と休憩を取り、13時に花園を出発。先のチームビルディング同様、選手・スタッフ混成のミニチームに分かれての行軍だ。ハルカスまでは約3時間、息つく間もなく階段で地上60階のヘリポートまで駆け上がる。
「東花園から天王寺まで歩いてくるのもめちゃくちゃきつかった。階段は皆で歌を歌いながら根性で上りました。」そう答えるのは新人のWTB中川湧眞だ。ハルカスを所有する近鉄不動産の社員でもある。
頂上からの景色を見て「やっぱり自分たちもテッペンの景色を見ないといけないですね」。DIVISION1への昇格、そしてその先に向かう決意を新たにした。
今季から加入したSH藤原恵太はこの二つの企画を振り返り「チームの結束力が一段と強まった実感がある。シャトルズで3年連続の入れ替え戦を経験し、その難しさを理解している。昇格までは困難な道のりがある、ハルカスを登るように一つひとつ高見を目指していきたい。そしてチームがタイトな時に引っ張って行けるような選手になりたいと」と話す。
これらの企画を巡ってはチーム内からも賛否両論があったという。選手のコンディションを預かるメディカルスタッフからはネガティブな意見もあった。そこで監督はオフを利用し自らが実験台となり、花園からハルカスまで歩き切った。出来ない理由を並べるのは簡単だ。どうすれば出来るか、それを考える癖をつけて欲しい。これも監督からのメッセージである。
当日は、グラウンドに関わるスタッフは全員強制的に参加を求め、スタッフも期待に応えた。唯一の女性スタッフのチームコーディネーター兼通訳の前田啓子さんも全行程を完歩した。スタッフのチームコミットメントにも感謝を口にする。
テーマは“やり切る”。選手とスタッフが一丸となってしんどいことを一緒に乗り越える、それぞれがチームのために行動する、その成功体験を一つひとつ積み上げていくことに意味がある。
覚悟と責任を背負う
チームスタートからあらゆる場面で語ってきた「覚悟」。チームでは日々様々な意見が出る。現場からの意見はどんどん出してほしい。そのために言いにくい事も言える環境を作っている。
チームのためだと考えると、言いにくいことを言ってくれるのは有難い。意見を収集し、最終的に決めるのは自分。その責任は取る。その役割が監督にはある。
それぞれの役割を与えられた権限内で遂行する組織は強い。監督という役割には決断することが求められる。
「結果はどうなるか分からない。ただこれを続けて行けば自然とついてくる、今はそう思っています。」
苦しい時に自分たちが立ち返る土台を再構築する、チーム始動からシーズン開幕まで時間が限られる中で、ラグビーの戦術面と両立して進めることへの不安はないかを問うてみた。
「確かに遅れが出るところもあります。ただ、グラウンドでのパフォーマンスは、練習だけではないです。チームカルチャー、チームへの愛、仲間との絆、数字では計りきれない部分が重要だと私は思っています。ライナーズが変わるには後にも先にも今、このタイミングしかない。そこは覚悟を持ってやり切ります」
今季のライナーズは一味違う。
近鉄漢の矜持を胸に、挑戦を続けるその姿に注目したい。