ラグビーリパブリック

【コラム】たとえうまくいかなくても…。

2025.10.14

U23日本代表では主将を務めるなど着実に成長を遂げている早大HO清水健伸(撮影:舛元清香)

 左を制する者は世界を制す。

 競技の枠や国境を越えて地球規模で愛された、ボクシングの伝説のなかの伝説、モハメド・アリが残した格言だといわれている。
 つまりは前の手のリードパンチ、ジャブがリング上では極めて重要。それは現代の日本のトップランナーである井上尚弥の試合ぶりを見てもあきらかだ。

 また、永遠にエンディングを迎えそうにないボクシング漫画『はじめの一歩』にも登場し、熱心な読者でなくても一度は見聞きしたことのあるフレーズかもしれない。

 〇〇を制する者は〇〇を制す。

 スポーツには競技ごとに同様の金言があって、ラグビーではチームによって異なるだろう。
 タックル、ブレイクダウン、パスキャッチ、フィットネス…。思い浮かぶままに単語を並べればキリがないけれど、いずれにせよ頭の〇〇に何を選択するかによって、そのクラブの心臓、肝が推し量れる。

 ワールドカップ、そして先のザ・ラグビーチャンピオンシップで連覇を果たした現在の盟主、南アフリカにあてはめれば、セットプレーだろう。
 スクラムを押し込んでレフリーに笛を吹かせ、着実にPGを沈める。あるいはタッチキックで陣地を大きく進めて、自慢のラインアウトモールでスコアを刻む。いまではボールを動かす、その真っ只中にも曲芸のように織りまぜている。
 まさに、「セットプレーを制する者は世界を制す」だ。

 10月11日、夕刻の大和スポーツセンター競技場。昨季の対抗戦を制した早稲田は、ワールドラグビーランキング1位(※10月13日時点)の大国とは真逆の価値観、方法論で、難敵の筑波を相手に39-13と文字どおりの快勝をおさめた。

 ここまでの筑波は、それこそ精度の高いセットプレーを基盤に明治、慶應を破って開幕2連勝。特に相手の脅威となったのは、ラインアウトだ。190センチのフランカー中森真翔を中心に長身選手をそろえ、スティールを連発。ふたつの伝統校は圧力を受け、リズムを狂わされた。

 だからこそ、試合後の記者会見で大田尾竜彦監督が発した、以下のコメントは重い。

「試合前に言っていたのは、例えばスクラムでペナルティを取られたり、ラインアウトでスティールされるようなことがあっても、別にそこに引っ張られすぎることはない、と。そこだけで勝負しているわけではないし、フェーズになっても十分戦える。それだけの練習をしてきているので。逆にそれに引っ張られて、メンタルが落ちていくほうが怖い」

 続けて、選手の個人名を挙げて秘話を明かす。

「中森君もそうですし、茨木(颯)君も相当レベルが高い選手たちなので。そこはあまり気にせずに、自分たちのやるべきこと、次にやるべきことにしっかり集中した方がいいよね、という話は清水(健伸)にはしていました」

 さらには、こうも付け加えた。
「そこだけにこだわるのもちょっと違うかな、と思っていたので」。

 たとえ、相手が得意とする局面で旗色が悪くても、必要以上に意に介さない。
 事実、前半9分に奪ったファーストトライは、指揮官の言葉どおりの形で生まれた。

 敵陣深くでのマイボールラインアウト。フッカーの清水が投げ入れた楕円球はジャンパーへと届く前に、中森にスティールされた。
 しかし早稲田の選手たちは慌てず、集中を切らさない。筑波のボールキャリアへとすばやく群がり、落球を誘う。ボールはトライゾーンへと転がり、最後はプロップの杉本安伊朗が体を投げ出して押さえた。

 上記の場面が象徴するように、この日の早稲田の大きな勝因は、ボールやブレイクダウンへの働きかけの速度と迫力だった。

 さて、自分は下手を打ったのに、仲間が即座に5点に変えるシーンを目の当たりにした清水健伸。ゲーム前に指揮官から「失敗しても、あまり気にせず」と声をかけられた、セットプレーの要である背番号2の心の内はどうだろうか。
 監督にそう言われると、気はラクになりますか?

「そうですね。でも2番として、やはりセットプレーにはプライドを持ってやっています。うまくいかないと、メンタル的に落ち込むこともあるんですけど、試合は止まってくれないので。そこはもう切り捨てて、しっかりできました」

 ベンチに退いたのは後半40分。ほぼフル出場を果たし、たしかにラインアウトのスローイングは苦しんだ。前半はノットストレートを含めて9本のうち5本を失敗。トータルでは12分の6で成功率50%。相手のプレッシャーだけでなく、風雨の影響も小さくなかった。

「ミスは想定していたんですけど、思っていたよりも影響を受けました。まだまだ精度は高めないといけない」

 一方で、スクラムは終始優勢。4つの反則を誘った。「試合は止まらないから、切り捨てて」を体現できた、なによりの証左だ。

 これには今季から指導スタッフに加わった、有田隆平アシスタントコーチの存在が大きい。同じポジションの大先輩はコカ・コーラや神戸製鋼などで活躍し、5月に現役を引退。日本代表キャップも9つ保持する。
 疑問をぶつければ的確な答えが返ってくるうえに、「どう思ったか」を頻繁に伝えてくれる。スクラムはディスカッションを重ねながら完成度を高めている最中だ。心構えを含めて成長速度が一気にあがった、と自分でもわかる。

 その有能な新任コーチは試合後、清水にこう声をかけたという。

「風も強かったから、攻め過ぎないで、いつもどおりに投げれば多分もっと大丈夫だったよって。すごく気を張り詰めていたんですけど、ちょっと肩の荷が降りてラクになりました」

 ラグビーである以上、スクラムとラインアウトとは無縁ではいられない。
 チームのトップに事前に「失敗を気にするな」と言われ、本当に失敗して、それでも切り替えてプレーを続け、終われば専門領域のコーチから労いを込めたアドバイスを受ける。

 アカクロの2番は、いい循環のなかにいる。

 すべては支配できなかった。反省点も残る。それでも難敵との一戦は制した。

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