「…じゃ、いったん水入れようか」
メニューの合間、中高生たちが短い休憩に向かうと、コーチたちの短い打合せが始まる。コンディション、人数、スキルのばらつき具合い、選手たちの集中度などを踏まえて、プランを細かく修正していく。
北川俊澄コーチは、U19日本代表、女子チームを含むさまざまな設定のチームで積んだ指導経験を、TOKYO Dで育成年代の選手たちに注いでいる。
「D」は「Development」の略だ。発達、開発。クラブの理念が名前に表れている。
中学生に少数の高校生が混じるメンバーで、毎週土曜に多摩川河川敷(稲城市多摩川緑地公園)、日野レッドドルフィンズグラウンドの芝で練習を積む。2024年5月に北川氏が設立以来、着実にメンバーを増やしている。参加者の多くは、地元でスクールに所属しつつ、兼部のかたちで参加している中学生たち。進学した中学や高校にラグビー部のない選手たちのプレーの場にもなっている。
このクラブ最大の特徴は、リーグワンのアカデミーレベルのコーチが集まっていること。将来トップレベルにも通じるスキルを目指しつつ、チームとしても試合経験ができることだ。選手たちはここで学び取ったことを、仲間とともにゲームで表現できる。
指導に当たるのは、日本ラグビー協会S級コーチ資格などを持つ北川氏のほか、B級の山下哲也氏、長谷川元氣氏、濱野大輔氏(ともに元リコー)ら、さまざまなキャリアを積んだスキルコーチたち。北川氏は、日野レッドドルフィンズのトップ選手をコーチする傍ら、そのアカデミーでも育成年代の指導経験を重ねてきた。通常、リーグワンなどのアカデミーには、複数のスクールから選手が集まることが多い。お互いチャレンジしあう練習にはいい空気が流れる。
「この選手たちが一緒に試合ができたら、すごく楽しいんだろうな」
当時の北川氏の思いは、アカデミーと従来のラグビースクールを掛け合わせたクラブを誕生させた。現在は試合も行ない、公式戦出場を目指している。
プレーヤーは十代前半が中心。TOKYO Dが最も重視視するのは状況判断だ。
「スポーツである以上、勝つことは重要です。重要ですが、『今、その子が何を身に着けるのが将来に向けてベストか』はもっと大切。スキルには技術、体力、メンタル、戦術、さまざまな要素がありますよね。その習得にはプレーヤーの発育、発達に応じた最適のタイミングがある」(北川氏)
ふだんの練習に集まるのは10数人。それほど多くはないが、メニューは濃厚だ。指導陣の環境づくりが、選手の意識をさらに高めている。
「ああっ! ごめーん」
パスドリルの最中に時折笑顔で謝るのは選手でなく、メニューに一緒に交じるコーチだった。
3人から5人の小さなユニットにミスが起きる、とする。パスが通らなかったのは出し手の問題か、受け手の問題か、それとも意図のずれに原因があったのか。ふた言、三言、擦り合わせて、次のリスタートで修正していく。パスが強い弱い、浅い深い、タイミングが嚙み合わない…そんなミスの現象だけを責める空気はない。コーチたちのオープンなやり取りにリードされて、互いの判断がマッチした時の楽しさ、うれしさをみんなで味わっていた。
パスの基礎動作の確認。ディフェンダーを置いてワンパスで突破する切り取り練習(味方のパスを声で引き出し、キャッチして突破)。複数人でアタックの立ち位置を取るところから始まるセッション。ゲーム形式。練習は2時間弱であっという間に終わった。
北川氏は「子供達が100%でプレーするからあれ以上の練習はできないし、教える方も、もちません…」と言う。
冒頭の、指導陣の練習修正のやり取りには、ドリルそのものよりピリッとした緊張感があった。短く濃い練習の源だ。機敏な修正につながっているのは、北川氏でいえばU19日本代表での体験だ。
「メニューはまさに分刻みでした。1分よけいにかかったら、ほかのコーチの持ち時間が削られる。狙いとしていることを、ごく限られた時間の中で伝える。そのための準備も、グラウンドでの対応もハードでした」
かつてのチームを振り返る北川氏の表情はいつもスマイルだ。
高校時代からは全国のトップレベルで選手生活を続け、日本代表として43キャップを積み上げた。指導することへの興味は早い時期からあった。大学時代、関東学院の釜利谷グラウンドで地元小学生とプレーしたのがコーチとしての原風景。大学ラグビーの頂点でプレーしていた時期に、指導者としてのスタートを切っていた。
「一つの言葉かけとか、子ども同士でないと生まれないちょっとしたきっかけ…。それで人ってこんなに変わるんか、と。見ているこちらが楽しい」
社会人や、女子のコーチングにも熱中した。我が子のラグビースクール指導でさらに目を肥やし、自分のクラブを持ちたいと願うようになった。社会人トップのコーチを担いながら、自らの事業としてTOKYO Dを立ち上げた。
小中と、多摩RS、府中RSで楕円球を追ってきた北川蒼馬君(中3)は、この河川敷でもう一つの成長の場を満喫している。
「アタックのスキルが学べるのが特に面白いです。アツいコーチで、いろんなヒントをくれます」
浅野瑞己君(中3)は府中でタグラグビーから楕円球に触れる機会を得た。
「コーチの勧めでここに通うようになりました。みんなで仲良くできるし、タックルも、いろんなやり方を習える」
太田耀恆君(中2)は、中学部活でプレーしながらアカデミーに通い、週末は午前の部活の後にTOKYO Dの練習にやって来る。
「ボールの持ち方一つでも、違うやり方を覚えられます。できることが広がる。今は、ボールをもらう前の動きを意識しています」
中学生はラグビー協会の規定上、複数チームに選手登録できる。地元のスクールで根を張るプレーヤーたちが、TOKYO Dの場でよりその茎を伸ばしてくれたらいい。その太さ、しなやかさを支えるだけの水や養分は、地域のチームとともにたっぷりと手渡していきたい。
新しい、ユースのためのクラブ像を探るTOKYO Dは自らも成長している。9月には、周囲の要望を受けて小学生のクラスも立ち上がる予定だ。
■TOKYO D 公式サイトはこちら
https://sgrum.com/web/tokyod-rfc