呼ばれるのは姓名込みが多い。
「いとうけん」
一気読みは親しみを伴う。
その伊藤賢は中学の保健・体育教員、そして、ラグビー部の監督である。率いる伏見は5月25日、京都市の春季大会で優勝する。藤森(ふじのもり)を14-7で破った。
伊藤は38歳。タイトル持ちの棋士のような知的な鋭さを帯びる。その顔を崩す。
「選手たちはよく頑張ってくれました。新人戦で負けていましたから」
3か月前の決勝戦は14-21だった。
中学の教員になるのは伊藤の初志だった。伏見工(現・京都工学院)では日本一。高校日本代表の肩書で進んだ大体大でも正選手だった。高い競技力で就職を決めず、花園大会で注目される高校にも背を向けた。
すべては恩師・稲田正巳への憧れである。出会いは陶化(現・京都凌風)の2年だった。
「厳しいけど、優しさもある先生でした。先生みたいになりたい、と思いました」
最初に出会ったホンモノである。
稲田は保健・体育の授業やラグビーでは、やんちゃな子に積極的に指導に入った。反面、伊藤らを連れて地域のお祭りに行ったり、賀茂川での水遊びにも顔を出してくれた。
伊藤は稲田を追いかける。大体大は稲田の母校でもあった。現役時代はU23日本代表のSOだった。今は同志社大の教授である。
伏見工には7つ上の兄・整(ひとし)が籍を置いた。総監督は山口良治。「泣き虫先生」としてチームの基礎を築いた。監督は教え子である高崎利明。兄の影響は小4からあり、洛西ラグビースクールに入った。
伊藤は3年時、85回全国大会(2005年度)でSHとして同校4回目の優勝に貢献する。決勝は桐蔭学園に36-12だった。
「仲間のために命を捨ててもいい、と号泣しながらロッカーを出てゆく経験をしました」
その5か月前には高校日本代表の一員としてオーストラリアに遠征している。
大体大では監督の坂田好弘の薫陶を受ける。坂田は大学選手権4強を3回成す。伊藤は2年の時、一軍の試合で交替させられた。
「なんでやねん、と思いました」
坂田夫人の啓江(けいこ)から電話がある。
「おくさんは心配してくれました」
伊藤には見どころがあったのだろう。
坂田に謝罪する。その冬、関西3位で臨んだ大学選手権は44回大会(2007年度)。1回戦で慶応に5-72と敗れるが、伊藤は入替出場をする。坂田から許すことを学んだ。
卒業と同時に京都市の教員になる。高校で1年教えたあと、中学に変わる。西陵で7年、そして伏見では8年目に入った。今は2年生の学年主任をつとめている。
この中学の創立は1947年(昭和22)。ラグビーの創部年は不明だが、少なくとも40年前にクラブはあった。伏見工のOBらが赴任していた時期もあり、ジャージーは同じ深紅だ。今の生徒数は600人ほど。部員数は41。3年生から順に16、13、12人である。
主将は田部井集(たべい・しゅう)。174センチ、90キロの体で突破の軸になる。
「伊藤先生はめちゃめちゃ好きです」
暑さで、気分が悪い、と訴えた部員は日陰に移動させ、氷の袋を首筋に当てさせる。
「練習に戻ります」
回復した部員に伊藤は優しく諭す。
「今日はやめとこ。練習は明日もある」
その活動をする校内グラウンドは狭い。
「縦が50、横が70メートルほどです」
ラグビー場の半分ほど。そこを野球、サッカー、陸上の4つで回す。割り当てがない日は母校の京都工学院にゆく。
その時はFOXラグビークラブに変わる。
「伏見中のサブ・チームですね」
伊藤は説明する。クラブの代表は田野純一。伏見工の同期FLであり、中学では外部コーチとして活動する。部活動における、学校から地域への移行化をにらんでいる。
今は平日と土日に1日ずつのオフを入れないといけない。スポーツ庁が定めた部活動ガイドラインがある。クラブチームはその制約の外にあるが、伊藤は指示を守り、週2日のオフを入れている。
その状況下で、勧誘ができない公立中でも、勝てるひとつの理由はある。校区の小学校ではタグラグビーが盛んだ。昨年、全国大会(SMBCカップ)の府予選では、下鳥羽が優勝し、伏見板橋が3位に入った。
タックルを入れさせてのオフロードなどに楕円球の慣れが見て取れる。そこに伊藤、田野、そして教員でもある佐々木輝(ひかる)が指導を施す。佐々木は伊藤の西陵時代の教え子で、伏見工では後輩にあたる。
伏見中は京都を制したことで、9月の全国大会出場を引き寄せる。太陽生命カップは府県の選抜チームが関西大会を勝てば、単独チームの出場が認められる。伊藤は話す。
「去年から監督をさせてもらっています」
自らの手で全国出場が可能だ。京都選抜は4チーム中3位以内に入ればいい。
勝ち抜く励みとなるのは西陵時代の教え子たちの活躍だ。三木皓正はトヨタVのFL、山本嶺二郎はBR東京のLOである。
「いい子らに巡り合わせてもらいました」
彼らが中3の2016年、伊藤は太陽生命カップで優勝の栄誉に浴している。
それ以来の日本一を得たい。公式戦の黒短パンの裾には百錬成鋼(ひゃくれんせいこう)の赤い刺繍が入っている。
「好きな言葉です」
意味は<心身を幾度も鍛錬することによって、よき人になる>ということだ。
鍛えるのは部員だけではない。伊藤もまた指導者として鍛えられている。ひとつの成果は手にできた。それを全国に押し広げたい。