実力が互角なら、当日に実力を発揮できたほうが勝ちやすい。敗れた監督の藤井雄一郎は言う。
「負けたということは、力を出し切れなかったということ。普段通りのプレーを…とした(臨んだ)が、なかには硬くなった選手もいたかなと。それで、なかなかこっちに流れが来なかった」
5月17日の東大阪市花園ラグビー場ではリーグワン1部のプレーオフ準々決勝があり、レギュラーシーズン4、5位と並ぶ静岡ブルーレヴズとコベルコ神戸スティーラーズが対峙。今季2度の直接対決はいずれもブルーレヴズが僅差で制していたが、この日はスティーラーズが35-20で勝った。
白星を挙げたヘッドコーチのデイブ・レニーは述べる。
「選手のマインドセット、ディテール、働きに行く姿勢が素晴らしかった」
後の勝者が最初に流れを傾けたのは前半1分頃。敵陣のほぼど真ん中での自軍スクラムで反則を誘った。
FWが8対8で組む攻防の起点は、かねてブルーレヴズがお家芸としていた。早めに全体が小さくまとまり、組む前から近い間合いで向こうの懐をえぐるイメージ。約1週間前の同カードで、スティーラーズは押され続けていた。
ところがこの日の1本目では、レフリーの合図でぶつかっては両者が崩れるのを繰り返す。
スティーラーズの右PRで先発した山下裕史が、対面との最初の掴み合いから勝負を賭けていた。
ヒットのたびに向こうの姿勢をぐらつかせ、最初から数えて3回目の組み直しで自分のほうからぐいとせり上がる。ブルーレヴズが固まったまま右へずれたところで、故意に崩したと判定された。
元日本代表で39歳の山下は、事前の準備が奏功したと話す。
「先週やられたので。この1週間、平島(久照)コーチとノンメンバーのフロントローとやってきたこと(対策)が間違っていなかったなと。きょうは答え合わせという感じで挑んだ。正解を出せたと思います」
禅問答とならざるを得ない領域について、こう述懐する。
「(肝は)バインドのところやと思います。…難しいですね。うちが、仕掛けられた、というところじゃないですか。いい形で。で、ヒットまで持ってこられて。ひとつめ、ふたつめのスクラムでレフリーが神戸側優位と取ってくれたので、うまいこと試合を運べたかなと」
その通りだった。3点リードで迎えた5分頃のブルーレヴズボールでも、古瀬健樹レフリーの手はスティーラーズに向いた。
山下の工夫が、自陣ゴール前右での危機をしのいだ格好だ。ブルーレヴズでHOの日野剛志は、先頭中央で得た感触について言葉を選んだ。
「やられては、いないです。やり合いはあるところで。(相手も)変えてこられた。…ただ、誰が見ても押せるスクラムを組めなかったというだけです」
その後の情勢を受け、藤井はこう振り返る。
「なかなか最初からプレッシャーをかけるのは難しい。ペナルティーを取られて選手のほうがナーバスになって、自分たちらしいスクラムが組めなかった。後半は多少、修正できたけど、崩れたらレフリーとタッチジャッジに任せるしかない。その判定が向こうに行く場面が多かった。これもラグビーなので」
ハーフタイムでスティーラーズが17-10。ブルーレヴズは前半18分のペナルティートライと一時退場との合わせ技にも泣き、スティーラーズは前半27分、さらに続く後半5分と、中盤よりやや後ろからのアタックを機能させた。ノーサイドまで残り35分の時点で、24-10と先行できた。
赤い走者とおとり役とのシンクロについて、藤井は「決して想定外ではない」。勝利した共同主将でFBの李承信はこうだ。
「相手BKのディフェンスラインはどちらかというと引き気味。(戦前より)どんどん自分から仕掛けていこうと話をしていて、実際にスペースもありました」
山下の退いた後半7分からは、藤井が示すようにスクラムの優劣がやや変わっていた。
右PRの交代策について、レニーは「足をつりかけていた。そのままプッシュし続けて怪我をするリスクを負いたくなかった」。ブルーレヴズは11分、持ち前の爆発力でこの日2度目のフィニッシュを生んでいる。
さらに後半17分には、敵陣中盤左のスクラムで圧をかけた。ペナルティーゴールを手繰り寄せた。
スティーラーズは24-20と4点差に迫られ、その後のチャンスは向こうの接点での粘りでふいにし続けた。
山下は、タッチライン際から代わって入った渡邉隆之へ懸命に声をかける。
「サイドから渡邉に『修正してください』とは、喋りました。前に、前に。当たる前から前に。それで、彼には伝わったと思います」
ただしブルーレヴズがリードできたのは、前半9分からの約9分間のみだった。終盤の好機は自らのミスで逃し、スティーラーズは渡邉の再三のスティールもあり土俵際を耐えた。
スティーラーズでSOを務めるブリン・ガットランドがトライラインの近くで、WTBのイノケ・ブルアへキックパスを通したのは後半33分だ。
29-20。
その後2本のペナルティーゴールで逃げ切ったスティーラーズにあって、共同主将でLOのブロディ・レタリックは、「プレッシャー」の行き来について言う。
「長い時間、正しいエリアでプレッシャーをかけられた。後半はブルーレヴズに高いプレッシャーをかけられましたが、壊れることなく我慢し続け、自分たちでスコアできた。プレーオフになると、プレッシャーをかけ続けられた方が勝つ」
お互い4季目のリーグワンで初めてプレーオフに来ていた。天候と同じく流れが左右する80分を経て、シーズンを通して固いパックを編んだ35歳の日野が記者団に囲まれる。
「誰がどう見ても圧倒的に勝っているように、スクラムを強くして帰ってこよう——」
出場した52分間が思うに任せぬ内容だったのを踏まえてもなお、泣き言は残さなかった。