水を得た魚。鶏口牛後。その反対の寄らば大樹の陰。反射的にそれらの字の並びや響きが頭の中を横切った。どれも少し違うかな。
静岡ブルーレヴズの突貫WTB、ヴァレンス・テファレ。4月27日の対横浜キヤノンイーグルスの後半26分の独走と呼ぶには、あまりに破壊をともなう90m級ランのスコアを映像で確かめて、ほぼ無名であった24歳のニュージーランド人はよい働き場所を見つけたなあ、と感じ、いや待て、ブルーレヴズが掘り出し物をつかんだのか、とも思い、やがて、さまざまなチームの「外国人選手」の顔が浮かんで、冒頭の言葉が並んだ。
異国に招かれ、飛び込んで、自分にフィットしたクラブやコーチと出合えるか。迎えるほうは「自分のチームにふさわしい個性」を獲得できているか。ここが成功と失敗を隔てる。
テファレは来日前まではオーストラリア・ブリスベン近郊のラグビーリーグ(13人制)のドルフィンズに在籍していた。
現地の報道に「カルト的人気」という表現があった。ぶっ飛ばして、また吹き飛ばし、前へ前へ。身長182㎝、いま111kgとされる体重は「2023年シーズン終了時で125kg。週末にさらに4kg増」(FOX)にも達した。
ラグビーリーグ界の名高きコーチ、ウェイン・ベネットによって「11kgの減量を命じられ」(同)、特訓キャンプ送りを命じられた。契約更新ならず。運よく、静岡の声がかかり、もともとの15人制へ戻った。
1月18日の東芝ブレイブルーパス東京戦後、本人にウエイトを聞くと、公式データより少なく「108kgから110kg」と教えてくれた。「このくらいが気に入っている」とも。
よいクラブに入った。鍛えられたFWは評判のセットプレーを軸にボールを後衛にどしどし供給する。そこにはFBやCTBをこなす重鎮、元オールブラックスの33歳、チャールズ・ピウタウがいる。暴れ馬のごとき母国の後進の爆発力を引き出し、陣地を刻む計算や危機の事前回避を担ってくれる。
長らく静岡はどの相手にも勝てるのに、どことぶつかっても負けるあやうさも消えなかった。あいだを埋めるのは問答無用の決定力である。誇り高きマオリのテファレは務めを果たしている。
藤井雄一郎監督の手綱さばきを忘れてはならない。ワールドカップ8強進出のジャパンの敏腕強化委員長の印象も濃いが、その前、宗像サニックスブルースを率いて、限られた陣容で存在を示した。
無名を鍛え、個性を長所とさせて集団を引き上げる。足らざるを残す未完の者の気持ちがわかる。「猛獣使い」なのである。太りがち、でも「カルト的人気」の図抜けたパワーランナー、ウェルカムだ。
どこへ進むか。海外勢のみならず国内の学生にとっても重い命題だ。
出場機会をつかめば役に立てるとの確信があればスモールなクラブへ。自信のあるゲーム感覚をのびのびと発揮するには周囲に才能ひしめくチャンピオン級へ。
おせっかいながら、つい思う。見事なリーダーシップで大学を率いて、しかし体格や身体能力には恵まれぬフロントローやフランカーやCTBは、次期キャプテンや将来の監督候補として、下位や下部に場を得たほうがよいのではと。
もちろん前提は、その人の生き方だ。それに、あくまでもリーグワンの話である。学生ラグビーなら帝京大学や早稲田大学の3軍や4軍で現役を終えても、共感と闘争と競争に浸った経験は社会で生きる。筑波大学や日本体育大学のレギュラーではない出身者が花園の名指導者となる例はたくさんある。
そして、だれを採るか。クラブの永遠の課題だ。
大一番ではきっと防御の粘りが求められる。ならば献身や一貫性に秀でた人間を。ここから文化を築く発展途上なら、うまいや強いより将来のあり方の礎となりうるリーダーシップ・人格を最優先に。あとは長身のFWさえいてくれたら。現有戦力でそこまで組織や戦法を築けたら、3人分の資金を本物の国際ロックひとりに投じよう。
4月26日。熊谷。リコーブラックラムズ東京の9番、TJ・ペレナラは攻守にこれでもかと実力を見せつけた。ホストの埼玉パナソニックワイルドナイツ21-27とよく迫った。
「大きいズレではないんです。小さなズレ。わずかにパスが後方へ流れる。そうした小さなことが積み上がってスコアができなくなる」
惜敗後の会見。ゲーム主将のペレナラは言った。大善戦と白星はそこで分かれると熟知している。
ブラックラムズのTJは「だれを採るか」の成功例だ。2023-24シーズンは10位。オールブラックスで90試合89テストマッチ出場の33歳は「184㎝・90kg」とサイズもあり、投げる、蹴る、走る、倒す、さらには司る、を、まんべんなくこなす。ハーフバックの名手というより総合フットボーラー。下位より上位を狙うため大物に求められるのは「仕切れて、なんでもできる」能力だ。
これがオールブラックスとなると、8番にも10番にも12番にも、もしかしたら1番にも2番にも「仕切れて、なんでもできる」タレントが揃うので、ひたすら速いパスを重宝とする場合もあるだろう。
トヨタヴェルブリッツ所属の同国生まれの同ポジション、こちらは125テストマッチのアーロン・スミスは、現在までのところ、TJのごとき八面六臂、縦横無尽の活躍には至っていない。単純にキャップ数の比較からすれば、かつての序列はひっくり返った。根性でなく相性の問題である。