コロナ禍の影響で開催が1年延期されたため、W杯NZ大会は2022年におこなわれた。つまり、2025年のイングランド大会までの準備期間は通常の4年よりも1年短い。
しかし、その短い期間でもサクラフィフティーンが成長を遂げているのは確かだ。
2024年は結果こそ振るわなかったが、全敗のWXV2では3試合とも10点差以内の惜敗。特に世界ランキングで4つ上で7位のスコットランド戦では、前年の大敗(7-38)から6点差(13-19)まで追い込めた。
レスリー・マッケンジーHCはこう振り返る。
「結果に対してはどうしてもフラストレーションが溜まるけど、W杯を見据えたときに3試合連続でしっかりとしたパフォーマンスをわれわれが出せたのは大きい。だからタイトなゲームができたと思っています。選手たちがスコッドとして成長するために費やしたエフォートはしっかりと認めたい」
看板の粘り強いディフェンスだけでなく、新たな武器も通用していた。
レスリーHCは昨年、新たなFWコーチを招聘した。トンガ代表やプレミアシップのバース、ブリストル、スーパーラグビーのレベルズ、日本でもサントリーでの指導経験を持つマーク・ベイクウェル氏だ。
同コーチのもとでセットプレーをテコ入れするため、昨春には計6週間に渡るFWだけ(+SH)のキャンプを初めて実施。ムーブやサインを一新し、長年の課題だったラインアウトの獲得率は飛躍的に向上した。
重量では大きく劣るスクラムでも安定した試合が増え、モールは得点力不足に悩む日本代表の得点源となった(3試合で挙げた8トライのうちモール起点が4本)。
「スコットランド、ウエールズ、南アフリカといったサイズが大きく、セットプレーにプライドを持っているようなチームに対しても、十分やり合い、競合できる力がつきました。
スピードやフィットネス、スキルといった日本が強みとしてきたものは、世界のラグビーも進化し、そこに大きなギャップはすでにありません。だからこそ、セットプレーはどんどん伸ばしていきたいと思っています」
▶新S&Cコーチへの期待。
一方で、多くの得点機会を生みながら、何度もそれを手放した得点力不足は前回大会でも浮き彫りとなった継税的な課題だ。
「われわれは世界の中でも小柄ですし、パワーランナーがいるわけでもない。得点を重ねていくゲームモデルを描けるチームではありません。だからこそ、得点に変換できる機会を得たときは、確実に得点しないといけない。
2年前は敵陣深くでラインアウトが取れなかったけど、いまはそれができる。よりドライビングモールをしっかりと使っていく必要があります。フィジカルがより向上すれば、その武器を尖らすことができると考えています。
また、日本にはビッグガールが転がっているわけでもありません。いまいる選手たちを強靭な選手に作り上げていく必要がある。そのため、私たちはより経験値の高いS&Cコーチが必要だと判断しました」
レスリーHCは「残りの期間は1秒も無駄にできない」とし、新たなヘッドS&Cコーチとしてオリー・リチャードソンを呼んだ(昨年11月から契約)。
クボタ、レスター・タイガース、レッズでの指導歴があり、HCの求める「経験」は申し分ない。
「われわれはW杯に向けた準備の組み立て方を大切にしていきたい。日本のプログラムはどうしてもボリュームが多く、エフォートも十分だが、質はまだ曖昧な部分があった。
どれだけ効率的に出し切れるかを目指していきたいので、オリーには各スタッフがやり過ぎず、やり足りないこともないように目を光らせてほしいと伝えています」
2025年のサクラフィフティーンの活動は3月2日から始まった。
まず2週間の合宿を2度実施する。
そこには早速、オリーコーチの考えが反映された。
それまでは前日の夜まで明かされなかったメニューも、今合宿からはすべてのスケジュールを公開。時間を上手く使い、ベストなコンディションで臨めるようにという狙いがある。
また、オフの日をしっかり与えながら、量をこなす日と質を求める日の切り替えをハッキリとさせている。
「例えば今日であればユニットの練習やジム、室内トレーニングなどボリュームの多い日ですが、昨日は練習量が減る代わりにスピードやクオリティを追い求めることがメインでした(翌日はオフ)。中強度レベルで繰り返さないように、選手たちには日々のトレーニングに差があること、その意図を理解してほしいと思っています。
最初の2週間は再導入といったイメージです。15人制のロード(負荷)に慣れてもらう。W杯に向かう中では準備万端で臨まない限り、すべてがタフな状況になる。大きなものを達成しなくてはいけないということをしっかり認識した上で、トレーニングに取り掛かる勇気が必要です」
指揮官は同コーチに、もう一つの役割も期待している。
アシスタントS&Cコーチとして入閣している元日本代表の谷口令子の教育だ。
HCの最大の役割である「テストマッチでの勝利」を越え、壮大な絵を描いていた。
「もちろん自分の仕事はテストマッチに勝つことです。でも、代表チームのコーチとしての役割は、自分たちのブログラムをいかに発展させていくか、いかにベストな形にするかを考えていくことも含まれていると思っています。
われわれ女性がラグビー界で活躍するため、女子ラグビーを発展させるためには、女性のコーチの能力を伸ばすことも大事な要素です。日本は特にこの領域が世界に遅れをとっています。
コンタクトのコンディショニング、いかに壊れない体を作っていくかは、サイズが劣っているわれわれにとっても必要不可欠ですし、オリーが得意としている領域です。それを谷口本人にも伝えることで、強みにしてほしい。
谷口はいま現役の選手たちにとって、次のキャリアでどう女子ラグビーに貢献するのか、影響を与えられるのかを体現していく貴重な存在だと思っています」
▶レスリー流のチームづくり。
昨年のWXVではFWの進化に加え、チームが手応えを感じていたのは、試合に向かうまでの準備だったという。
長田いろは主将は「コンタクトのあるディフェンスの練習をしたときに、1試合戦ったくらい熱い練習ができた日がありました。みんなで高め合っていこうという気持ちが出ていて、お互いにチャレンジできていた」と話す。
レスリーHCにその真相を訊くと、こう返ってきた。
「われわれのプログラムの強みは、あえてリーダーグループを固定せず、われわれの能力をどう伸ばすか、どういうマインドセットを作るか、どういうワークをするのかをチーム全員が理解していることだと思っています。
それぞれの選手が試合や練習のレビューをし、プレビューの資料を各々が準備して考えさせることで、15人制のラグビーというスポーツの理解を深める教育が大切だと考えました。携帯で15秒の好プレーを見るだけでは深くラグビーを理解することはできません。特に若い世代はあまりラグビーの試合を見ていなかったり、自分で分析することに慣れていなかったり、ラグビーを話すことをあまりしません。
私がHCとしてディテールを教えるのは簡単です。でも、ラグビーは試合になれば選手間で解決策を見出し、同じ絵を全員で見なければならない。われわれはブログラムの最初の数年間を、そのラグビーの理解をいかに早く深められるかに注力してきました。
まず、元男子日本代表のアナリストを務めた浜野俊平さんがその基盤を作ってくれました。かなり初期の段階の新たな武器であるモールから選手たちにスポーツコード(映像分析ソフト)の使い方を教え、アナリストのレベルでラグビーを見る教育をしてくれました。
また、アタック、ディフェンス、セットプレー、コンタクト、トランジションをそれぞれレビューするグループに分け、試合ごとあるいはキャンペーンごとにローテーションさせました。全員がすべての領域を網羅できる状況を作るためです。
ただ、ここからはそれぞれに責任を課していくフェーズです。そこで、WXV前に追加したのが『プレップ』(プレパレーション=準備)グループでした。テクニックや戦術がどうなっていて、次どうするかを考えるのはどんどん得意になっていきましたが、プレップについては盲点でした。いかに自分たちが日々の練習を激しくやれたか、クオリティを高められたか、正しいアティチュードでやれたかをレビューする機会が必要でした。
メインの担当を吉村乙華と谷口琴美に任せたのは、2人とも妥協を許さないからです。チームをいかに良くするか、について妥協せず、発言を恐れない強い性格です。女性として毎日、厳しい発言、相手にとって耳が痛い発言をするのは特に日本では難しいと感じています。
ただ、乙華はとても良いリーダーシップを備えている。そこにチャレンジしてもらうことで、長田いろはやSOの大塚朱紗のプレッシャーを軽減するようなサポートができていたと思います」
▶勝負は初戦のアイルランド戦
4月には北米に遠征し、アメリカ代表(世界ランキング9位/昨夏国内で1分1敗)との試合を予定している。
「自分たちの現状を確かめる良い機会になる」とレスリーHC。帰国した5月には合宿とアジアチャンピオンシップ2試合(カザフスタン、香港)を福岡でおこない、6月には3週間の菅平合宿、7月は国内最終合宿の間にW杯でも対戦するスペイン代表と2試合を戦う。
同月下旬には大会登録メンバー32人が発表される予定だ。
「昨年の今頃はBKがセブンズシリーズのための練習をしていました。それでは体格も変わるし、スキルの使い方も全く違います。ただ今年は協会が所属クラブの合意を取ってくれたおかげで、15人制のためのトレーニングの時間を割くといったことが叶っています」
チケット販売数は前回大会の50%増、すでに22万枚以上が売れ、女子ラグビー最高の祭典となるW杯イングランド大会で、世界ランキング11位のサクラフィフティーンはプールCに入った。
アイルランド(6位)、NZ(3位)、スペイン(13位)の順に戦う。
レスリーHCは日本時間の深夜におこなわれた抽選会を、うっかり見逃したことを明かした。
「本当に楽しみでまったく眠れなくてずっと起きていたのですが、くじが引かれる10分前に寝てしまった。終わった20分後に目を覚ましたときはガッカリしましたが、プールの相手を見てすごくワクワクしました」
上位2チームが決勝トーナメントに進むフール戦を勝ち抜くためには2勝が必須。「現実的に考えると、アイルランドとスペインが大きなターゲット」。
アイルランドとは2022年8月に国内で2試合戦い、一度は勝利を挙げている。アイルランドは昨年のWXVでNZを破る快挙を成すなど勢いはあるが、長田主将は「(当時の勝利から)良いイメージはある」。
レスリーHCも、「W杯にわれわれはただ参加するために行くわけではない。そこで世界を相手に戦うコンペティター(競争相手)として向かう」と語気を強める。
「(初戦の)アイルランドに勝つことができれば、それ以降は何だって起こすことができるという気持ちでやっていけるでしょう」
選手たちへ最大限の賛辞を送り、自言を口にした。
「今までで一番いい形で準備ができています。選手たちがお互いのために向き合い、覚悟があり、タフであり、やる気に満ちている。その姿勢はこれ以上望めないほどのものを見せてくれています。
ここまでの成長度合い、学ぶスピードには興奮させられます。日本では代表史上一番キャップ数も多く、経験値も高いスコッドが揃っています。前回大会は私も初めてHCとして経験するW杯でしたし、チームとしてどれだけ成長したかを見せられる大会になると思います」
(文/明石尚之)
※ラグビーマガジン5月号(3月24日発売)の「女子日本代表特集」を再編集し掲載。掲載情報は3月16日時点。