竹田寛行は日焼けの中にある大きな双眸を伏せた。180センチほどの体が小さくなる。
「私の宝ものでした」
今年1月27日に病没した東川裕(ひがしがわ・ゆたか)のことである。
東川は御所の市長だった。この市内に御所実がある。竹田はラグビー部の監督である。東川は行政、竹田は教育に取り組みながら、2人には<街おこし>という共通テーマがあった。「盟友」だった。
竹田はこの奈良の県立高校を一代で冬の全国大会で準優勝4回の強豪に育て上げた。強くなれば、才能は集まる。同時に過疎化は鈍り、市は潤う。高校の3年間の生活費はこの御所に落ち、税収になって跳ね返る。
竹田は言う。
「市長さんには支えていただきました。時間ある限り、足を運んでくださった」
竹田は1960年(昭和35)の生まれだ。東川はひとつ年下だが、尊敬がこもる。
東川は公人でありながら、できる限りの協力を惜しまなかった。そのひとつに、毎夏に開催される御所フェスティバルがある。運営の中心は御所実ラグビー部だ。
メインとなる市営の朝町グラウンドに部員たちはトレーニングを兼ね、走ってゆく。
「地元の人たちが道々、水、トマト、おにぎりなんかを激励の品として出してくれました。市長さんのおかげです」
市からの周知があった。昨夏、このフェスティバルには全国から38チームが参加した。今年の夏が来れば34回目になる。
東川が市長に当選したのは2008年の6月。同じ年度、御所実は初の全国大会決勝に進んだ。88回大会は常翔啓光に15-24。黒いジャージーの隆盛に東川は歩を合わせる。
その頃の東川を書いたホームページ上のコラムがある。筆者は朝日新聞の元編集委員、石井晃。東川の市長一期目が終わった2012年にアップされた。
<周囲から市長に担ぎ出され、全国でも北海道・夕張市についで財政状況の悪かった市政の運営を託された。自分の給与を大幅に下げ、退職金も返納、職員の給与も下げ、各種補助金も大胆にカットした。市民から怒鳴りこまれ、議会ではつるし上げられ、大変な苦労をしながら、ようやく「財政健全化団体」から抜け出すところまでこぎ着けた>
このホームページは関西学院のアメリカンフットボール部、ファイターズのものである。東川はこの真っ青なユニフォームの一員だった。チームは大学日本一を決める甲子園ボウルで最多優勝回数34を誇る。
東川の底にあったのは関西学院のスクール・モットー、<Mastery For Service>(奉仕のために練達)ではなかったか。故郷のために身を挺する。名が通った酒屋の主人としての安穏な日々は選ばなかった。
東川の実家は御所市内の東川酒店である。高い人気を誇る「風の森」を市内で唯一販売する。地元・油長酒造の日本酒である。
「フルーティーで美味しくて、つい飲み過ぎてしまいます」
竹田もファンのひとりだ。
その東川は竹田に特に大事な試合前には、激励の手紙を送った。
<One at a time>
その一文節を竹田は説明する。
「例えば、決勝の時間はその人だけのもの。大切にしなさい、ということですね」
全身全霊をぶつける。堂々と勝ち、堂々と負ける。そのことを残る書きものにした。
特に同じフットボールであるラグビーには親しみを感じていた。長女の奈那子は2013年に立命館大に入学。ラグビー部のマネージャーになった。そこには御所実、もっと書けば、竹田の影響が見て取れる。
東川が泉下の人となって初めての全国大会が先ごろあった。26回目となる選抜大会だ。御所実は4強で敗退する。5回目の優勝をする桐蔭学園に0-17だった。
竹田は大会を総括する。
「運がよくてのベスト4です」
8強戦で佐賀工に10-10。引き分けながら、トライ数で出場権を得る。そのことを指摘する。運も実力のうち、とは言わない。
全国4強の理由を述べる。
「2か月前には始動していました」
御所実は昨年11月の全国大会県予選で天理に10-20で敗れている。その翌日から新チームはスタートする。大会に出た強豪のスタートは1月になることが多い。それよりも鍛錬期間は長くとれる。
今年の御所実のチームリーダーは3年生CTBの市川瑛士(えいと)だ。
「市長さんはおととし、フェスティバスに見えて、あいさつをされました」
その印象に残っている。東川は昨年9月、治療を理由に市長職を辞した。5期目に入って3か月ほどだった。
御所実は選抜の敗戦から間もなく、1年生選手38人を迎え入れた。選手の総数は108になった。市川は目標を口にする。
「日本一です」
それは御所実の悲願でもある。
入学式の翌4月10日、練習後に1年生を集めて竹田は訓示をした。
「相手の目を見て話をしなさい」
それは、試合中にはアイコンタクトとなり、人としてすべての基本になる。
生きる高校生には挑み続けられる幸せがある。ゴールデンウィークには国内外16チームが参加するサニックスワールドユースに出場。来月18日には県新人大会(春季大会)で天理と対戦する。天理には冬の全国大会の県予選決勝で3連敗している。
その2025年の競い合いにまたひとつ、動機づけが加わった。竹田率いる御所実は、亡き人のためにも戦ってゆく。