スペシャルな試合でスペシャルな役目を任された。本人は平常心だ。
ラグビー日本代表53キャップの稲垣啓太が、4月11日、国内リーグワン1部の第15節に先発。所属する埼玉パナソニックワイルドナイツの先発左PRを務めた。
さらにはゲーム主将も兼務し、40分間、フィールドに立った。後半はタッチラインの外へ出て戦況を見つめ、戦前12チーム中11位の三重ホンダヒートを53-33で下すのを確認。シーズン通算12勝目を挙げ、首位浮上を果たした。
「(役目を託されて)光栄でした。ただ、特別なことをしなければいけないと考えていなかったです。自分がやってきたことしか、フィールドには出せない。まず、自分の仕事をしっかりとするよう心掛ける」
振り返りは甘くなかった。雨に降られる中、自身がプレーしていた時間帯を19-19と競ったうえで述べた。
「間違いなく、天候も含めて、タフな試合になると思っていました。こういう試合で何が大事か。シンプルなラグビーに徹する。余計なことはしない。…前半、入りはよかったと思います。ただ、そこから少し油断が生まれ、うまくいくものだからとフィフティ・フィフティなパスをしてしまった。結果、(ボールを失い)トライチャンスを与えてしまった。前半は(相手に)崩されたわけではなく、自分たちのミスが起因でした。修正しなくてはいけないです」
身長186センチ、体重116キロの34歳。ワールドカップ3度出場の著名な戦士は、このゲームで8試合ぶりのカムバックを果たしていた。
離脱中、チームが連敗するさまをスタンドで見ることもあった。
旧トップリーグ時代から通算して5度の日本一に輝き、現行のリーグワンではすべて決勝に進出してきたグループの主力として、もどかしい思いを抱えていたのではないか…。
時間が経ってから当時の心境を聞かれた。するとどうだ。かえって、自分たちの醸す文化のよさがわかったと明かす。
「プレーをしていない状況で負けたシーンを見ると、より責任を感じました。それが、自分だけではなかった。いかにチーム全員が試合、チームにコミットしているかを感じました。それは(実戦から)離れないとわからないことでした。改めて、このチームの強さって何なんだろうとは考えさせられる時間でした」
今年度のワイルドナイツではゲームに出るメンバーが「ヘッド」と、控え組が「ハート」と名付けられる。戦線離脱を経て競技復帰した当初、稲垣は「ハート」の一員となることもあった。
「チームの心臓となるのは、試合に出ない選手です。試合に出ない選手が、相手の分析をして、(トレーニングで)対戦相手のパターンを色々と示してくれる。僕はそちらの側に12年目で初めて入りました。最初は色々と教えないといけないこともあると思ったのですが、逆に『彼はこんなことができるのか』『彼にはこういう考え方ができるのか』『そんな考えは知らなかった』とすごく勉強になりました」
注目の復帰戦にあってゲーム主将となったのは、ロビー・ディーンズ監督の判断による。旧トップリーグ時代の2014年度よりこのクラブを率いる65歳は、穏やかな口調で説く。
「チームでリスペクトされていて、多くは語らないが、その言葉は選手にピンポイントで刺さる。いい理由のもと喋る。実際にハドル(円陣)の中で話す時のアイコンタクト、周りへの接し方は凄い。彼のいい時も悪い時も私は見ていますが、その姿を選手たちも見ています。…そのような敬意を得ている人は、色々なものを達成できます」
ディーンズ体制が始まる1季前に加入の稲垣は、その年のトップリーグで新人賞に輝いた。ずっと不動のレギュラーだったが、主将は未経験だった。
ちなみに出身の関東学大で主将を務めた際は、加盟する関東大学リーグ戦で2部に降格している。辛酸をなめながらもトッププレーヤーになったひとりとして知られる。
今度のヒート戦後、若手時代のエピソードを明かした。
「(初期に)ロビーさんとミーティングをしたら、『主将をやれと言われたらどうする?』と聞かれたことがあります。『大学時代に主将でいい思い出がなかったのですが、だからこそ主将をすることで成長するのでは。なので、やりたいです』と答えました。結局、主将をやることはなかったのですが、10数年が経って、この年になって勉強をさせてもらっているなと」
ゲームに際し、攻防の戦術やスキルのリードは他のメンバーに任せた。
本人は「メンタル」に関する項目のみ言及した。
ヒート戦後はバイウィーク(休息週)に入るのを踏まえ、こう回想する。
「僕は『楽しんでやろう』というのは好きじゃない。やることをやって結果が出せないと楽しくない。ましてやバイウィーク(休息週)前。やることをやらずに結果が出せなかったら、(次戦まで)クソみたいな2週間を迎えることになる。それをチームに最初に伝えました。ただ、特別なことはやらなくていい。自分たちの持っているシンプルなことを100パーセントやればいい。必死に。何も特別なことではないですよね?自分の与えられたエリアで確実に仕事をしてゆく。それを80分間積み重ねることが大事。15人がそうできたら、最終的に結果が出て、楽しめると思うんですよね」
果たして、上質な休暇を掴むに至った。レギュラーシーズンは3試合を残し、5月中旬からはプレーオフに突入する。