ついに、こんな時代が来たのか――。過日、ひとりのアーリーエントリー選手の登場に感慨を抱いた。
トヨタヴェルブリッツで現在、10番を務める小村真也。防御ラインに接近してプレーできる司令塔だ。
ラグマガ編集部時代、「接近プレーは、教えてできるものではない」という話を聞いた。
SOとして生来のセンスが備わっているのだろう。
驚いたのはその語学力。小村は大阪工大ラグビースクールでラグビーを始め、菫中学を卒業後、ニュージーランドの強豪ハミルトンボーイズスクールに3年間留学して、帝京大に入学した。
今年の2月にトヨタに合流後は通訳を介さずにコーチ陣とコミュニケーションをとり、試合中の指示も全て英語だ。
「BKは海人(茂野)さんも汰地(髙橋)さんも英語がわかるので、その方が早い」
昨今、リーグワン各チームの「公用語」は英語。日本人選手やスタッフの理解力も、おしなべて高い。
だがそこに、日本のラグビーのバックグランドで育まれた大学生がいきなり加わり、スティーブ・ハンセンHCやイアン・フォスター共同コーチら、名だたる指導者と直でやりとりする日が来ようとは。
本人は「通訳の方に比べたら、まだ全然です」と謙遜するが、チーム通訳の榎田剛志さんによると、その英語力は、高校で3年間留学したレベルではないという。
「とてもナチュラル。言い回しや単語の使い方など、ニュージーランドで実際にラグビーをプレーしていないと話せない英語です」
さぞかし苦労したかと思いきや、「寮だったし、向こうの友達と喋っていたら、自然に話せるようになりました」。語学習得の適性もあったのだろう。
社会人ラグビー時代、そしてトップリーグ、リーグワンとなるにつれ、英語の重要性は飛躍的に高まった。
以前は海外チームが来日すると、「英語の話せる」関係者が通訳兼世話係で帯同した。
協会の人数も組織も今ほど整備されておらず、様々な業務をボランティアでこなしていた時代。
専門の通訳ではないから、記者会見での発言が思い切り省略されたり、「おそらくそう答えていないのでは…」という訳が返ってくることもあった。悲しいかな、こちらも指摘できるほどの語学力はないから、モヤモヤが残った。今とは隔世の感がある。
現在のリーグワンはグラウンドレベルにとどまらず、選手との契約や海外のメディカルとのやりとり、家族の生活サポートなど、英語を必要とされる場は多岐にわたる。
机上の業務はchatGPTや翻訳機能に頼れても、試合が始まれば自力勝負。
トップレベルでプレーしたい選手は英語力必須と言われて久しいが、小村の登場がひとつの節目だと感じる。
彼が3年間、ニュージーランドでラグビー同様に努力して身に着けた語学力は、これから上のレベルを目指す際、大きな助けとなるだろう。
2019年の日本開催のW杯が終わった後のこと。
ラグビージャーナリストの村上晃一さんと話していて、将来のジャパンを憂えたとき、こう言われた。
「大丈夫だって。何年かしたら、めちゃくちゃキックが飛んで、英語もペラペラのダン・カーターみたいな日本人のSOが現れて、“子供の頃に、日本で開催されたW杯がきっかけでラグビー始めました”って言う子が出てくるって」
その言葉が実現しつつあることに驚く。
違ったのは、予想よりも早かったということ。小村は我々がその会話をしていた6年前、すでにニュージーランドでプレーしていたのだった。現実が理想を追い越す幸運な例である。